島に着き半日ほどたったころ。夕日が西へ沈みだし、小さな街は平和ぼけしたオレンジに照らされている。
季節は春。どうしたって頭がおめでたくなってしまう。いつもはがつがつと暑苦しいうちのやつらも、このころだけは、しまりのない顔をして、どこか紳士的になる。
目の前に、見知った影が通った。
長い影をふわふわと覚束ない足取りでゆらしている。昼間からひっかけたのだろう。船ではもっぱら酒を飲まない、飲めない、最年少の女戦闘員だ。どうやらあの寒く冷たい路地裏に向かっているようだった。

そんな寒いところで何をする気なのか。それが、何になるのか。

こんな日、うちの船長は決まって船で表情を全くなくして海を見つめている。見つめていると言うよりも、見つめる振りをして、じっと何かを考えている、のだ。


「おい、なまえ」


しかし俺は、こんなまるで子どもの、どうしようもない戦闘員の顔までも容易に想像ができた。振り返ったなまえの顔は、ああ、やはり、目を憂鬱でいっぱいにしてやっと俺に焦点をあわせた。「あ、ベック」

「どこに行く気だ」
「どこもなにもないよ、あたし、このまちのこと、しらないもん」
「なら船に戻れ。もう時期暗くなるぞ」
「ベックがさきに、もどっていてよ」
「いや、一緒に戻るぞ」
「わたしは、ちょっと、トイレをさがすから」
「船でしろ」
「もれそうなの」
「……」
「じゃあね」
「…一緒に飲むか」
「……いいよ」

先ほどより少し影が伸びた。俺も年なのだろう。つくづくこいつには弱い。
船長はこいつが隣にいると、どんな時だって笑っている。あれもどうしようもないやつで、俺にはこいつらがなんだか、かわいそうな動物たちのように見えてしまう。


俺はラムを、あいつはなんとオレンジジュースを頼んだ。尿意については言及しないでおいた。
いつか、こいつの目は涙で溶けてなくなってしまうのではないかと、よっぱらっぱ船長がほざいていた。俺はそんなバカな話はないと言った。船員の誰一人、船長でさえ、こいつの涙を見たことはないのだ。けれど船長はそういったのだ。


「美味いか、ジュース」
「うん、新鮮な感じがする」
「分かってねえくせに」
「まあね」


長い前髪がまつげと競り合っている。ショートボブはこいつの丸くて健康的な頭の形をますます強調することになっている。
小さい頭だな、といって撫でた。目にはいくらか生気が戻っていた。キラリと光って俺をみた。


「もうこんなこと、やめにしな」


驚くほど優しい声がでた。
なまえは直ぐに俺から目をそらし、残っていたジュースを半分ほど飲んだ。こいつの目と船長の目は、よく似ている。


「ねえねえ」
「……」
「いつかね、いつかね、お頭の目は涙で溶けてなくなってしまうんじゃないかって、思っているの」
「見たことあるのか」
「なに」
「涙」
「うん、まあね」

見たいのよとっても。そういってなまえは突っ伏した。また頭を撫でた。


「お頭がね、笑顔で、おかえりって、いうの」
「ああ」
「あたしね、あれ、大好きなんだけれど、大嫌いなの」
「ああ」

「お頭、おかしら…」




俺がラムの瓶を3本ほど殻にしたとき、船長がこいつを迎えにきた。
ああ、あいつのいっていることは正しい。いまの船長の目は、あの時のあいつと一緒。溶けてしまってもおかしくない。

しかし表情は違う。うちの船長は今、幸せそうな笑顔だ。



******

でもこの男は知っていた


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