月の光が映える夜、海面はいやに穏やかで、船はゆらゆらと波に揺られるばかりだった。
久しぶりにタバコを吸った。引き出しの奥のおくから出てきたから、味は期待しなかった。妙にしけった煙を吐き出しながら、今日も、なまえは元気だったのか、うまくやっているのか、考える。

なまえと会わなくなって、もう2年になる。2年前、目を真っ赤に泣きはらして、なまえは俺に言った。

「あなたのあの娘になりたかったの」
「…あのこ?」
「あの娘。あなたの脳みそを、心を、いつも占めているような、あの娘になりたかったの」
「あのこって、誰のことよ」
「わたしじゃあ、ないんでしょ」



確かに、俺にとってなまえはあのこなんかではなかった。けれど俺の脳みそを、心をいつも占めているような女は、なまえだけだった。

「いつだって、あなたのそばにいたいのに、あなたはそれを許さないのよ」

それを許さないのは、なまえの方だ。
なまえがそれに気づくまで、俺は毎日、なまえは元気だったか、うまくやっているのか、考えることになる。

海は広い。けれどきっと、繋がっているはずなのだ。
船の奥から自転車を取り出した。夜中にサイクリングも良いだろう。途中で寝ておだぶつなんて、笑えないが。



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あの娘


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