((変な話、空気よめてません))((現パロ))





あの日、空には雲一つ無い快晴で、私は怠惰と憂鬱を持てあまし、4限というもっとも眠い授業を抜け出して、こんなところまで足を運んだのだった。


暗いところから急に明るいところに出たからだろうか、妙にくらくらして足元が覚束なかった。
東の空にはできそこないの入道雲がなんとも初夏を感じさせ、持っていたミネラルウォーターからは結露による水滴がピタリとコンクリートに吸い込まれていく。
そこには、先客がいた。
左手にはリンゴジュースと書かれてあるアルミ缶が、右手にはゆらゆらと煙が立ち上るタバコが、それぞれ握られている。持ち主は、給水タンクによって出来た雀の涙ほどの影から、横目でこちらを伺っていた。

みょうに喉が渇いた。ミネラルウォーターのふたをはずし、音を鳴らして飲んだ。


「CMみてぇだ」


男は、影からひっそり声をだした。口を拭って、男に向き直ると、彼は悪びれることもなく新しいタバコに火を付けた。

「吸うか?」
「いえ」
「遠慮はいらねえ」
「マル○ロですか」
「ああ、そうだ」

でも、吸いません。そう言って、彼の隣に腰を下ろした。タールはなんと、12mg。

「タバコは、吸わないんです」
「そうか」
「私、1年生なんです」
「俺は、3年だ」
「なまえ、といいます」
「そうか」

彼は灰ひとつ落とすことなく、美しくタバコを吸っていた。
思えば私は、彼のこういうところが気に入ったのだ。

「授業、でないんですか」
「でないんだ」


それが、あの日の最後の会話だった。


次の日も、その次の日も、私は屋上へ訪ねていったが彼の姿はなかった。
3日目にようやく見つければ、開口一番「授業はさぼるもんじゃねえぞ、1年生」と笑われてしまった。
屋上へと歩いていく私の姿は、彼の教室からは丸見えらしい。羞恥心に顔が真っ赤になったことを覚えている。

この日から、彼とは放課後、会うことになる。
私にはたっぷりとした時間と好奇心があったが彼がどういうつもりでそこにいるのかは分からなかった。時折震える彼の携帯電話に寂しさを覚えることも少なくなかった。
彼は、そこでは決して電話に出たり、メールを打つことはなかった。けれど電源を切ることもまた、なかった。


「先輩は、受験生では、ないのですか」
「受験生だ」
「勉強とか、しなくっても、大丈夫なのですか」
「大丈夫なのですよ」
「どうして?」
「そのうちに、わかるよ」


とりとめのない会話が、ポツリ、ポツリ、紡がれる。
授業中に当てられたときには、あんなに嫌に乾く喉も、彼と話しているとそんなことはなかった。


「臭いことを言います」
「どうぞ」
「先輩は、私の水です」
「ほお」
「先輩と話していると、あまり喉が渇かないんです」
「そうか」
「そうです」


私の精一杯の告白は、彼の笑顔にすかされてしまった。
このころ、半袖ではいよいよ肌寒く、使い古した紺色のカーディガンをそろそろ引っ張り出そうと考えていた。

「先輩がいてくれて、嬉しいです」
「そんなこと、初めて言われたよ」

先輩は、あの楓の葉のような、美しい横顔を見せた。



無機質な校舎には、タバコの香りが妙にしっくりと馴染む。
ここの屋上には、かつて空き缶を片手にマル○ロを吸っていた男がいた。その空き缶はリンゴジュースだったこともあるし、ブラックコーヒーだったこともある。男は飲み物に関しては、てんで感心がなかった。
いちにっさんしっ、グラウンドで汗を流す野球部員の大きなかけ声が、耳まで届いた。

噂を、信じたくはなかった。3年の男子生徒がひとり、退学した。退学してからの行方が、掴めない。
その男の名は、エースといった。そして、この屋上の片隅、給水タンクの影に白く書かれてある名前も

「エース、より…」

ここ1週間、血眼に探してさがして、最後に、みつけたものだった。



******

最後のおつとめ

((彼のために買った携帯灰皿は、もう捨ててしまってもいいのだろうか))

10/0603

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