((死ネタです、ご注意を))
((ちいさい喜八郎が出てきます))












なまえさんは本当にわがままだから、ぼくは仕舞いにこの庭に初めてきた日を後悔しはじめた。
けれど、いくらでも穴をほっていいというのは魅力的だったから、毎日通った。通い詰めた。
それは毎日、なまえさんの顔をみる、ということだった。



「おはよう喜八郎くん」
「……おはよう、ございます」






ぼくは、ザクザク穴をほる。彼女は、それをながめる。
ただそれだけでよかった。
時々「のどがかわいた」と言ってぼくを井戸まで走らせた。

そうしてくんできたコップ一杯の水をわたせば、彼女はニッコリ笑ってぼくの頭をなでた。















梅のかおりがただよって、春をかんじた。
けれど寒のもどり、とでも言おうか、今日は雨上がりではだ寒く、あたりに少しもやがかかっていた。

めずらしいことがおこった。

こっちに来て、といつもなら穴をほっているのにかまわずぼくを呼ぶのに、その日は彼女がみずからやってきた。
今まで布団から出たところを見たことがなかったから、らしくもなく驚いて、目を見開いていたみたいだ。



「おやまあ、おめめがまん丸だよ」




そう言ってぼくの頬をつついて、穴の中に座りこんだ。




「……びょうき、じゃあないんですか」
「ううん、びょうきだよ」
「……だめじゃないですか、布団から出ちゃ」
「ねえ、喜八郎くん」

こっちに来て、










穴の中で、なまえさんのふとももに座ったぼくは、きっとまっ赤だったと思う。
だから彼女は始終クスクスと笑って、ぼくの髪をすいていた。

梅のかおりと彼女の匂いがまざって、クラクラした。




「ねえ、喜八郎くん」
「……なんですか」
「わたしのわがままを、きいてくれる?」
「……なにを言ってるんですか、いつもわがままなくせに」


そう言うと、あははっと首を仰け反らせた。






「そうだね、じゃあ、もう一つだけ、ね」
「喜八郎くん、」
「わたしを、いつまでも、忘れないでおくれね」









頬からねつが引くのをかんじた。
なまえさんは、髪をすく手をとめなかった。
わきばらにすっと、冷たいものがとおるのを感じて、なまえさんを見上げた。

彼女は、いつものようにニッコリ笑って、ぼくのことを見ていた。


「……いやです、」
「…えー、そんなあ」
「それならぼくも、連れて行って、ください」
「……」
「ぼくが、なまえさんの、そばにいたら、寂しくないでしょ」
「…喜八郎くん」
「いやだ、いやだ!」




ぎゅっと、縋る思いで彼女を抱きしめた。むしろ、抱きついた。
じわり、と彼女の着物が濡れた。
やわらかな胸の感触が、こんなに悲しいものとは、思ってもみなかった。






「ごめんね、喜八郎くん」
「いやだ」
「だって、わたしはわがままだから、ね」
「いやだ、いやだ、いやだ」
「きはちろうくん、」
「……」
「おねがい」







耳元でささやかれた言葉はざんこくで、ああやっぱり、この人のわがままは底なしだ、と思った。




最期に見た彼女の笑顔は、どんなときよりのそれより鮮やかに、ぼくの目に焼き付いた。




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暗い方が虹は鮮やか


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