まだ何もしらない子供のような目をしていて、どうやら彼は、体ばかり大きくなってしまっているようだ。
太い指には、ギラギラと怪しく光る指輪をいくつもつけて、左手のフックは、まだ大人しい。
無防備に目を閉じ寝息をたてる姿は、なんどみても心があたたかくなる。
「シュッ」
顔を横断するまっすぐな傷を、指でなぞった。口角があがって、彼のお目覚めを告げた。
「今日は、雨だよ」
「そうか」
まだ何もしらない子供のような目は、あたしを映して満足げに細くなった。
「雨はだめだ」
「どうして?あたし好き」
「あ?」
「ちょっとだけ、優しくなる気がするじゃない」
「…何が」
「あなたが」
そう言って、間髪入れずにベッドから這いだした。晴れていれば、きっと、十分追いつかれていただろうけれど、今日は、あいにくの、雨。
クハハハ、と、笑い声が聞こえた。雨なのに、ちょっと機嫌が良いらしい。
「優しいのが、好きか」
「うーん、ちょっと違うかな」
「風邪ひくぞ、すっぽんぽん」
「ひくしゅんっ」
「…野暮なやつだなお前も」
「ちょっと寄って!」
「……」
「そうそう」
ベッドに潜り込めば、直ぐに腕が絡みつく。左手のひんやりした感触には、もうとっくに慣れてしまった。
「よく、見てくるといいよ」
「あ?」
「よく見て、あなたが辿り着いた先で、待っているね」
「……おいおい、今度はどこへ行くんだ?」
「ないしょー!」
キャッキャと笑って、首に腕をまわした。眉根を寄せて今度は、不機嫌そうである。
「そのうちに分かるよ」
にっこり笑って別れを告げた。真っ赤な口紅が今日の雨に、くっきり映えると思った。
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からっぽのこころ
10/0315