こんなに穏やかな時間を過ごしたことなんて、今までにたったの一度もない。
お花の名前なんてひとつも知らないけれど、目の前の鮮やかな色と香りに、実は、ちょっぴり癒されている。
柔らかな日差しが足元に届いていて、私の分とマルコの分と、くっきり2人分の影が出来ている。
思わず、ため息が漏れた。
それをめざとく、感じたのか、ふっと、マルコが私の方を向いた。眉根を寄せている。
「なあに、変な顔して」
「…いんや」
そう言って、とっくに温くなってしまっているだろうコーヒーに、視線を落とした。
「…ふうん」
私のマグカップには、やっぱり温くなってしまっているミルクティーが入っていて、私はちょうどそれをもてあましていたところだった。
「飲まないのかい?」
「ん?」
「ミルクティー」
「…うん、もう温くって、おいしくないし…」
「そうかよい」
「うん、でも、捨てるのは、もったいないし…」
「……」
「……」
「……」
「…あ、」
マルコは何も言わずに、マグカップをひったくった。
けれどもマルコには甘すぎて、とても飲めたものではないはずだ。
「残すくらいなら、な」
マルコは苦い笑みを浮かべた。
「残すんなら、俺にくれよっ!」
目の前を一瞬、鮮やかな光が、過ぎった。
「ねえねえ」
「ん?」
「コーヒー、もういらないんでしょ?」
「……」
「なまえちゃんが飲んでしんぜよう」
「…ばっかお前、ブラックだぞい」
「ダイジョーブ」
マグカップに半分ほど、残っていたコーヒーを、一気にぐい、と飲み干した。
「…にがい」
にがいにがいにがいにがい、にがい
「…、なにも泣くこたぁねえだろい」
マリージョアまでは、あと三日もかかるらしい。
******
夢のその先
10/0225