喜八郎は、あたしが喜八郎なしではもう生きていけないことを、知っている。
無表情にやさしさをまぜこんであたしの涙を拭う喜八郎をみて、ふと、了解した。
「なに、その顔」
「え、あ、え」
「もう、悲しくないの?」
「あ、うん」
つくづく現金だと思う、あたしは喜八郎さえそばにいてくれれば
「もう悲しくないよ」
「…ふーん」
喜八郎のふわふわのくせっ毛は、しっとりと柔らかくて、機嫌がなおったあたしは、長いそれをくるくると玩ぶ。
喜八郎は全く気にしていないように、美しい遠くのお空を美しい瞳に映している。
お日さまがばかみたいに暖かくて、なにもかも忘れてしまう気がした。
「喜八郎、」
「…なに?」
この子は、穴をほってまめだらけになている手をいつか、誰かのために使うのだろうか。
自分のためじゃなく、誰かを守って可愛がるために。
「きはちろう、」
「なに?」
長いまつげをパチパチさせて、美しいお空のような誰かを映して、暖かい午後をすごすのだろうか。
小松田さんが、落ち葉を掃いているのが見える。
枯れた落ち葉はどこに行ってしまうのだろう。
「また悲しくなったの?」
いつの間に、喜八郎の瞳は遠くのお空じゃなくてあたしを映していて、喜八郎の手はあたしの頬をつねっていた。
つねられた頬の軽やかな圧力のせいで、どうしようもないくらい、この喜八郎の不在が、恐ろしくなった。
「泣いているね」
「泣いて、ないよ」
「嘘をついてはいけないよ、私にはわかる」
「泣いてないって」
むきになって喜八郎をみて、あたしは、ふと、了解した。この子もまた、あたしがいないと生きていけないのだ。
あたしと同じ。
喜八郎の瞳は濡れていた。はっとするほど穏やかに。
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オンリーワールド
10/0118