朝目覚め、1日のはじめにみる顔が、世界で1番大切な人のものだったとき、
この途方もない幸福は、彼に教わった。
何気ないシーツの皺、彼の香り。逞しい胸に顔を埋め、柄にもなく少し泣いたのを覚えている。
そして、今日も隣に彼は居ない。
仕事なのか、女なのか、そんなことはどうでもいい。
ただここに居ない事実だけが、重く私にのしかかる。大きすぎるベッドの、冷たすぎる左側。
気だるい体に鞭を打ち、体を起こす。今日もいつもと変わりない、仕事が待っている。
恋人と過ごす朝食の暖かさを、教えてくれたのも彼だった。
即席で作ったフレンチトーストが、甘美なごちそうになるのに、特別な調味料は必要ない。
紅茶は薫り高く、グレープフルーツの瑞々しさに、いちいち子宮が疼く。
晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、ずっとそんな日が続くと思っていた。
単純に、気持ちの問題なのだ。
こんなことは、もちろん初めてではないし、だからこんなに悲しむ必要なんてないのだ。
気が滅入ることも、意味もなく流れる涙も、必要ない。
要らない、欲しくない、脅かされる。
私はあくまで、私なのに
彼がいると、とろけてしまってもういけない。曖昧になる、何もかもが。
このままだと、スプーンですくって、食べられてしまいそうで。
いつの間にか、自分の腕をかき抱いて、うにゃうにゃと、涙が滑り落ちる、もう嫌、と何度も思う。
「扱い方はね、俺が覚えとけば大丈夫」
涙に滑り込んだ言葉は、いつになく乱暴で、言おう言おうと決めていた「おかえり」が今日も出せなかった。
「あらら、大洪水じゃないの」
「、いやよ」
「……違うでしょ」
「違わない、嫌よ、いやいや、こっち来ないで」
「……ちがうでしょー」
「……クザンなんか、嫌い、嫌い!どっかいってっ」
うわあああんとバカみたく泣きわめき、腕を振り回す私を、彼は腕の中に入れ、ゆるゆると溶かし始める。
服には火薬の香りが付いていて、嘘が下手だ、と。本当は分かっているのに必死だった。
性懲りもなく頑なな私も、クザンのせいでゆるゆると。
「クザンがいると、私は汚い」
バシッと、胸を叩きながら言う。
「私、ダメだもう」
「こんなに柔らかくって良いにおいなのに手放すはずないでしょ、」
「泣けちゃうんだから、そろそろだよ」
そろそろ……私はクザンとちゃんと目を合わせて、笑えるのだろうか。
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軟弱者の処世術
09/0927
あーん、もっとちゃんと!