夜、海は大しけ。年に一度のアクアラグナが来ている。
この時期は皆、漏れなく避難所で難をしのぐ。
「キャンプみたい」と緊張感のない事を言ったのは、近所のかわいい女の子だった。
避難所は蒸し暑く、みなピリピリして居心地が悪かった。
けれど私はあれがすぎた後の、いっそ神聖と言って良いほど美しい空気を知っている。
すべてを海に還元し綺麗にしていただく、私にとっていわば儀式だ。
それでも数ヶ月たてば、何も変わっていないことに、何も救われていないことに気づくのだけれど。
「喉が渇かないか」
唐突に私を包む男が声を発した。普段は聞けなかった低く美しい声が耳に届く。
「ジンジャーエールが欲しい」
「わかった」
彼が給士のような女に何かを伝える。彼女は用件を聞き私に気づくと一瞬眉根を寄せ、扉の奥へ消えていった。
どうやら私は、邪魔者のようだ。
カリファもカクもブルーノも何も言わないけれど、私の存在が想定外なのは目に見えてわかる。
私自身、なぜ自分が海列車の中にいて、何処に向かっているのか、何もしらない。
けれどそれは全然実際的なことではなくて、私は、ルッチが居れば、それでいいのだけれど。
ルッチに求められれば、それでいいのだけれど。
沈黙、外はザバザバと騒がしく、光がなく何も見えない。
「お持ちいたしました」
「ご苦労、下がれ」
「はい」
美しい細い瓶に入った琥珀色の液体を見て、その色と同じ髪の男を思い出す。パウリー。
今頃アイスバーグさんのお屋敷にいるのだろうか、それとももうきちんと避難し終えたのだろうか。
けれど、肝心の彼の顔に靄がかかる、あんなに一緒にいたのに。
「薄情だね」
「……なんの話だ」
「ううん、私の話。ちょうだい」
程よい炭酸と潔い舌触り。鼻から抜けた香りに誘われたのかルッチが唇を啄んだ。
「ふふっ、おいしい?」
「……ああ、美味い」
その言葉が幸福として体に染み込み、クスクス笑いが漏れる。
ルッチの唇めがけ、今度は私からキスをした。
最中に目を開け、ルッチをすべてを確かめる。
個性的な眉毛と髭、彫刻のように整った鼻、ふわふわすべすべの髪に、隠れている耳
目を確かめようし、私を観察していたルッチと目が合った。
可笑しくなって唇をはずすと、するりと長く綺麗な指が口を犯す。
3本の指がかけずり回り、私は息も絶え絶えになる。忙しい、この幸福。
唾液でベットリのそれを、ルッチは引き抜き自らの口にふくみ、にやりと笑った。
ルッチの香り、ルッチの吐息、嘘偽りのない感触
鼻が触れあうほどの距離でつい、「寂しかったの」が口をついた。
「知ってる」
「ずっとよ、ずっとずっとずっと」
「あぁ、知ってる」
「ホント?ホントに知ってる?」
「あぁ」
「……寂しかったの」
「…そうだな」
満たされる、ルッチとの何もかもに、私は完全を覚える。
「そばにいるって、言ってくれてありがとう」
そういうと、ルッチはまた、私の口を、今度は舌で犯した。
「攫ってくれて、ありがとう」
どこから出るのか、涙を流してそういうと、今度は、本当に美しく、わらった。
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そして、補完
09/0921