迷子の仔猫は何処へ消えた


朝夕の冷え込みが以前に増して激しくなり、紅葉を終えた木々の葉もほとんど全て落ち去った12月のとある休日、食満留三郎という名をもつ少年はいつものように裏々々山までランニングをしていた。

委員会の予算帳簿は昨日全て終えたばかり、新たな帳簿もなく存分に鍛練することができるといつにも増して気合いを入れていたその時、視界の端に黒い物体。
なんだろう、と疑問に思って足を止めて見てみれば、それは木の枝にでも引っ掛けたのか傷だらけの黒いランドセルだった。

「ランドセル…?こんなところに?」

ランニングと称してこの場所まで来た自分が言うのもおかしな話ではあったが、ここは裏々々山、子供が簡単に遊びに来ることのできる裏山ではない。
そして、よくよく耳をすませば子供の泣き声が聞こえるではないか。

もしかしたら迷い込んだ子供が怪我でもしているのかもしれない、留三郎が慌ててランドセルが置かれた場所に駆け寄れば、どこかで見た記憶のある後ろ姿。あの赤銅色は、

「…富松、か?」

声を掛ければびくりと跳ねる肩。
恐る恐るといった風に振り向いたその顔は、髪が短くなっている以外は記憶と寸分違わぬものであり、留三郎は人違いではなかったと小さく息を吐いた。

「けま、せんぱい…」

真っ赤に泣き腫らした目をぱちくりと瞬かせて留三郎を見ると、次の瞬間にはくしゃりと顔を歪ませてぼろぼろと涙を流し出す。

「おい、どうしたっ!怪我でもしてるのか?」

問うてもフルフルと頭を横に振り、えーんえーん、幼い子供のように泣きじゃくるだけ。

「…迷子を捜索してるのか、お前が迷子なのかは知らんが…。一先ず帰るぞ。」

富松が迷子を探しているならばその相手は左門と次屋に違いない。
「昔」と変わらない姿ならば、留三郎が代わりに探すこともできるし、泣いている富松よりかは効率よく探しだせるだろう。

もし富松自身が迷子なのだとしたら、それこそ彼を家まで連れて帰らなくてはならない。

どちらにせよ、富松は一度家に帰すべきだ、そう思っての言葉だった。

しかし、

「違う!作は、作は迷子になんかならないんだっ!」

勢いよく立ち上がり、そう叫ぶや否や、力尽きたかのように再びぺたりと座り込む。

「せんぱい、けませんぱい、ごめんなさい、ぼくがまいごになんかなっちゃったから、さくべえのいばしょ、とっちゃったから、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…っ」

ごめんなさい、そう繰り返して彼は泣くけれど、留三郎は先程の言葉の意味に思考を奪われた。

富松の居場所を奪ってしまった?富松は迷子にならない?
それはつまり、ここにいるのは「富松作兵衛」ではないということか?
富松「は」迷子にならないと、そう言うこいつ自身はきっと迷子なのだろう。

迷子といって思い出すのは3つ下の二人の後輩。
そして薄々感じてはいたが、富松とは異なる少し幼い印象を与えるこの話し方は、記憶のままであればまさしく。

「左門、か」

疑問ではなく断定の形で口にすれば、どうして気付かなかったのか不思議なくらいにしっくりと落ち着いた。
姿形、声、それはたしかに富松作兵衛のものだけれど、彼は。

「お前は、神崎左門だな?」

泣き声が、止まった。

絶望、歓喜、悲哀、期待、それら全てを混ぜ合わせた瞳で、彼は食満留三郎と呼ばれる少年を見上げた。

「先輩、僕を、左門を覚えているんですか」

「ああ」

覚えている。
まっすぐで、真っ白で、自覚しているくせに治らない迷子癖。
阿呆だけど頭は良い、大切な、後輩。

「だから、男が簡単に涙を見せるんじゃねえよ。バカタレ。」

聞きたいことは山程あるけれど、まずやるべきことはこの後輩を安心させてやることだろう。

呆けたように動かない彼の頭をくしゃりと撫で、抱き締める。
俺がお前を忘れるわけがないだろう、不器用ながらにとつとつと言い聞かせるように言葉を紡いた。


そうして、

「しおえせんぱい、」

無意識にこぼされた言葉は、彼を抱き締める少年の耳にも彼自身の耳にも届かずに消えた。



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