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「……で?」
「だから、それだけだよ」
あからさまに苛々した表情の三郎に苦笑を溢す。
三郎が僕に対してこんなふうに不機嫌なのは珍しくて、だけど今回は全面的に僕に非があるからどうしようもない。
「それだけ?食満先輩の部屋に行ったのが夕刻、この部屋に帰ってきたのが朝方!」
「うん。…心配掛けて悪かったよ、三郎」
あの後、結局二人して善法寺先輩が部屋に帰ってくるまでずっと泣いていたのだった。
善法寺先輩は詳しい事情は解らずとも何となく察したのか否か、理由を尋ねてくることもせず、濡れた手拭いを用意してくれた。
そうして目が腫れないようにと冷やしていたのだけれど、赤くなった目は隠せず、その目で部屋に帰るのは三郎に心配を掛けるだろうからと、それとなく僕が部屋に帰らない旨を伝えてくれると善法寺先輩は部屋を出ていった。
…そのまま朝になっても帰ってこなかったけれど。
「…雷蔵、」
「うん」
「…雷蔵のばか。私、雷蔵に何かあったんじゃないかって心配してたのに」
「ごめんってば」
これは長くなるなぁ、と考えながら謝れば、キッと睨まれる。
ああもう一応僕の顔なんだから、そんなに怖い顔しないでよ。
でも、あれ?そういえば。
「僕が食満先輩の所に行ったって、中在家先輩か善法寺先輩から聞かなかったの?」
「聞いてない。中在家先輩は『知らない』の一点張りだった」
「えっ、」
「おまけに、今日はもう部屋に帰れ、なんて言われたし。善法寺先輩にはそもそも会ってない」
うー、だとか、あー、だとか変な声を出しつつ僕のお腹に頭を押し付けてくる三郎の髷をぽんぽんと叩いてやる。
もしかして、中在家先輩に気を使わせてしまったんだろうか。
申し訳ないのとありがたいのとが混ざりあって、何とも言えない気持ちになったけれど、先輩が三郎を部屋に帰してくれて正直助かった。
善法寺先輩は、…もしかしなくても蛸壺に落ちたんだろうな。
部屋に帰らなかったのも、僕達に気を使ったんじゃなくて、穴から出られなかったからだったのか。
「…本当、むかつく」
「?三郎、何か言った?」
「んー、雷蔵好き。愛してる。」
「僕も三郎のこと好きだよ」
「大好き?」
やっぱり今日の三郎はいつにも増して甘えたらしい。
「うん、大好きだよ」
「ふふっ」
うれしい、雷蔵に大好きって言われちゃった、なんて笑う三郎は、どうやらやっと機嫌が直ったらしい。
そのまま上体を起こして僕の額に接吻をくれた三郎に、同じように接吻を落としてやる。
まだ一年生だったときに決めた、二人だけの仲直りの証。
「雷蔵、おはよう」
「三郎、おはよう」
もやもやする気持ちにも、ちくちくする胸の痛みにも気付かないふり、蓋をして、今だけ全てを忘れてしまいたい。
さぁ、少し遅くなってしまったけれど、朝ごはんを食べにいこうか。
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