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中在家先輩が不在の図書室で、食満先輩と二人で話した日から十日が過ぎた。
二日に一度は図書室に来ていた先輩は、あの日以来姿を見せない。
最後に貸し出した本の返却だって、食満先輩の代わりにと善法寺先輩が図書室に来ていた。
そもそも、僕と食満先輩の接点など無きに等しいものなのだ。
学年が違えば、ろ組とは組でクラスも違う。
委員会だって、生物委員会や体育委員会ならともかく、図書委員会では用具委員会との関わりが少なすぎる。
つまり、食満先輩が図書室に来なければ、顔を合わすことなど基本的にないということ。
更に高学年にもなれば難易度の高い「おつかい」が頻繁に頼まれる。
それも最高学年ともなれば尚更だ。
だから忙しく、図書室に来ることができないのだろう。
そう思うには、あの日交わした最後の会話が引っ掛かって仕方がなかった。
今日の当番が終わったら、中在家先輩に様子を聞いてみようか。
けれど先輩があまりにもいつも通りで、食満先輩が来ないことを気に掛ける素振りもないことも気になって。
中在家先輩は、何か事情を知っているのだろうか、それとも何も知らないのだろうか。
例えば僕が食満先輩のことを訊ねたとして、不審に思わないだろうか。
いっそのこと、六年長屋に行って確かめてみる?
六年長屋に行って、食満先輩に会って、…どうするの?
ぐるぐるぐるぐる、悩んで、迷って、だから先輩がじっと僕の様子を見ていたなんて気づきもしなかった。
「…不破」
「は、はいっ」
「調子でも、悪いのか?」
「…いえ、」
「ならば…食満のことが、気になるのか?」
どく ん。
「…え」
先輩、今、何て。
顔を上げれば、こちらをまっすぐに見据える中在家先輩。
ひゅ、と喉がひきつる。
視線が合ったのはほんの数秒そこらだったのだろう。
だけど僕には四半刻以上にも感じられて、早くこの視線から逃れたくて、…なのに目をそらすことができなかった。
フッと先輩が視線を下に落として、不破、と再び僕の名前を呼んだ。
「…今日の仕事はもういい」
「…っ、」
それはつまり、今の僕が役立たずということですか。
そう問おうとすれば、ぽん、と頭に乗せられた手。
そのまま子供を宥めるようにゆるりと撫でられる。
「今は、自室にいるはずだ。」
誰が、なんて聞かなくてもわかる。
「…でも、」
「行ってくればいい。…今日はもう、誰も来ないだろう」
頭を撫でていた手が離れて、そうして目の前に差し出されたのは一冊の本。
「…これを、食満に。…頼まれてくれるか」
「……は、い。すみません、…ありがとう、ございます」
お先に失礼します、中在家先輩がこくりと頷いたのを確かめてから図書室を出る。
渡された本を持つ手にぎゅっと力が篭る。
目指すは、六年長屋。
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