今日も今日とて、食満先輩は図書室にやってきた。
いつものように忍らしくない足音がだんだん近づいてきて、さん、に、いち、

「長次はいるか?」

開口一番に中在家先輩の所在を尋ねる食満先輩は、今日はいつもよりそわそわと落ち着きがない。
僕に問うている間にもその目は中在家先輩を探して図書室の中をぐるりぐるりと見回している。

「中在家先輩なら、先程ここを出ていかれたばかりですよ」

「…そう、か、…なあ、何処に行ったかわかるか?」

「えっと、何処かはわかりませんが、七松先輩がいきなり来られて、そのまま中在家先輩を連れていっちゃって…」

「あー…そうか、わかった。…小平太か…」

はあ、と諦め混じりの溜め息を吐く先輩は、憂いを含んだ表情で色っぽい。
ああ、こんなにも思われている中在家先輩が羨ましい。

「…あの、もしよかったら此処で待たれますか?『すぐ戻る』とおっしゃってましたし、もう少しすれば帰って来られるはずですので」

「そうなのか?じゃあ少しだけ待たせてもらうかな」

「はい」

とはいっても、そのまま僕も突っ立ったままでいるのは流石にまずいので作業を再開する。
貸し出しカードを見て、期限切れで未返却の本があるか確認していかなければならないのだ。

カサリ、カサリ、僕が作業する音と、外から微かに聞こえてくる生徒達の声だけが部屋に響く。
先輩は本に手をつけることもせずにじぃっと窓の外を見ていて、他の生徒は誰一人いない二人だけの空間。

「なぁ、不破」

心臓が、どくりと跳ねた。

「…はい」

「もしも、の仮定の話。三禁のひとつである色に溺れて、その想いは叶わないと知っていて、それでも諦められないときは…お前なら、どうする」

「…え、」

「…いや、やっぱり忘れてくれ。いきなり変なこと言って悪かった」

ぐるぐるぐる、先輩の言葉が頭の中で回り回って、あれ。
色に溺れて、叶わないと知っていて、諦められなくて、…それって。

「わりぃ、やっぱりそろそろ戻るわ。富松も迷子ども探し終えてるだろうし、1年もお使いから帰ってくる頃だしな」

動かない僕の後ろを先輩が通り過ぎて、ガラリ、扉が開けられた。
待って、待って、行かないで、僕はまだ先輩の問いに答えてないんです!

「食満、先輩!」

本当は私語厳禁だなんてこと、先輩と僕しかいない今は気にしない。

「僕はっ、…僕なら、その想いが叶わないと知っていたとしても…っ」

窓の外から七松先輩の声が聞こえてくる。ということは、中在家先輩ももうすぐ戻られるのだろう。

「その方に、伝えます、よ。」

嘘。

伝える気なんてないくせに。
先輩が幸せになれたらそれで幸せだなんて、それは半分本当だけれど半分は嘘なんですよ。

僕の言葉に顔だけ振り向いた先輩は、ぱちくりと瞬いて一言「そうか」とだけ呟いて図書室から出ていった。
ぽつりと部屋に一人残された僕は、

「先輩、お慕い申しております」

伝えるつもりのない言葉を、音にしないまま唇に乗せた。




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