どこかのあいまのおはなし2
私は雷蔵が一等好きだ。
だからこそ雷蔵が笑っていてくれるなら、私の隣じゃなくてもいいと、そう思ってたんだ。
そりゃあ私が幸せにしてあげることができれば、と思わないことはないけれど、雷蔵が幸せそうだから、今まで見たことななかった顔で笑うから、これが正解だと思っていたのに。
「……で?」
「だから、それだけだよ」
泣き腫らして重たそうな瞼を軽く伏せ、困ったように雷蔵が笑う。
止めてくれ、そんな今にも泣きそうな顔で笑わないでくれ…、なんて思いながらも、私は自分で思っていた以上に心配性で、さらに独占欲が強いらしい。
無意識に責めるように言葉を吐き出した自分に驚いた。
「それだけ?食満先輩の部屋に行ったのが夕刻、この部屋に帰ってきたのが朝方!」
「うん。…心配掛けて悪かったよ、三郎」
心底申し訳なさそうに言うものだからそれ以上責めるなんてできなくて、弱っている彼にさらに負担を掛けてしまっただろうという罪悪感がちくちくと胸を刺す。
けれど本来心配を掛けた雷蔵が悪いはずなのだ、私に無断で朝帰りなんてしたのだから。
「…雷蔵、」
「うん」
「…雷蔵のばか。私、雷蔵に何かあったんじゃないかって心配してたのに」
「ごめんってば」
あぁ、これは面倒くさくなってきた返事だ。
これは長くなるなぁ、なんて考えながら謝ったに違いない。
でも、雷蔵が何かを思い出したようにハッとした顔をするものだから、首を傾げて言葉を待つ。
「僕が食満先輩の所に行ったって、中在家先輩か善法寺先輩から聞かなかったの?」
「聞いてない。中在家先輩は『知らない』の一点張りだった」
不思議そうに吐き出された言葉に思わず眉間に皺が寄るのを自覚した。
一番状況をわかっていて、全てを知ってるあいつが、「知らない」と嘯いた理由を考えるだけで吐き気がする。
本当に雷蔵の為を思うなら、さっさと動いてくれよ、頼むから。
「おまけに、今日はもう部屋に帰れ、なんて言われたし。善法寺先輩にはそもそも会ってない」
嘘は言っていない。
ただ、私だって忍の卵だ、食満先輩のところにいることはわかっていたけど。
ぐりぐりと雷蔵のお腹に頭を押し付けてやれば、ぽんぽんとあやすようにやさしく髷を叩かれる。
…うん、前言撤回。
やっぱり雷蔵を泣かすような奴になんて任せられないな。
あっちもこっちも延々と一方通行が絡まっていて、さっさと動いてくれないと雷蔵も私も動けない。
「…本当、むかつく」
「?三郎、何か言った?」
「んー、雷蔵好き。愛してる。」
「僕も三郎のこと好きだよ」
「大好き?」
「うん、大好きだよ」
「ふふっ」
いつか、大好きじゃなくて愛してるが返って来る日は来るのだろうか。
それでもやっぱり雷蔵の幸せが一番だから、今はこれで十分。
額に柔らかく落とされた口付けにひっそりと笑みを浮かべた。
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