それは違うよ

目の前で、父さんが苦しそうに口を開く。

ここからがどうやら俺が知りたかった本題、らしい。


「……ルアには、言わなかったけどね、アレは俺の配慮でも優しさでもないんだ。本人の、意思だったんだよ」

「……え?」


「……あ、あの、アレって……?」

「……延命治療をやめたこと、モルヒネを打ったこと、かな」


それが、母さんの、意思?でも、俺は、あの人が母さんが、生きるからねって言っていたあの笑顔しか、しらない。
俺の前だから、そんなこと言ってたのか?いや、もうわからない。確かめようもない。

でも、もし、それが本当だとしたら、母さんがあの時言った、幸せだったっていうのは、本当なんだ

あんなに幸せそうな死に顔だったのも、そうなんだ。


「……、じゃ、じゃあ、母さんが、俺にあぁ言ったのは……」

「……少しでも、お前に元気なところを見せたかっただけだよ」

「……っ」


結局、何も知らなかったのは俺だけで、俺はそれを知らないまま父さんのせいにしていたらしい。
何も知らなかったのは、俺、だけ。


「っ……、嘘だ!!だって、母さんは……っ!」

「……」

「……っ、そんな、つらそ、うじゃ、なかった……っ」

「……そう見せてた、だけなんだよ」


あの笑顔も言葉も、全部、嘘だったらしい。本当は、苦しんでいたらしい。
いや、そら苦しいだろう。抗がん剤はいわば毒だし、がんの悪化もしてたらしいし


「っ……!!」

「ルア!!」


どうしていいのかわからなくて、こみあげてきたものを、見られてはいけないと学園長室から走り去った。
最近は、ずっと笑えていた、のに。


(笑え、笑え、泣くな……)


歯を食いしばってただ走った。
どこに行きたいとかもなくて、ただ逃げるように久しぶりに全力で走った。

こんなどうしようもない気持ちを振り落とすように、全力で。



「……っ、ルア……!」

「離せよ!頼むから、今はほっといてくれよ!!」


後ろから追っかけてきてくれたらしいトールさんにガッと腕をつかまれたのを振りほどいて叫んでいた。
今は、そんな話をしてる余裕は俺にはない。


「……やっと、だな」

「え」

「……初めて、見た。……笑顔以外、を」

「……っ」


そうだ、笑顔でいる、約束、だったのに。
慌てて、謝りながら笑おうと口角を上げようとしたらそっと頬に手を添えられて、止められた。


「……無理してまで、笑う必要はない」

「……」

「……だって、約束、したんだ……っ」

「……約束……?」


俺と母さんの、約束。
笑っていること。周りを笑顔にすること。
ただそれだけ。


「だから、俺は笑顔でいなきゃいけない。……約束なんだ、母さんと……」

「……それはルアが辛いんじゃないのか……?」

「……でも、それでもする……」

「……。……だが、そういう意味で、言ったわけではないと思う」

「え?」


そういう意味、じゃない、らしい。
でも俺としてはどう考えても、どんなときでも笑っている、という意味な気しかしないのに。
要は、考え様なのだ。
色んな考え方があるから、この世の中も。


「……本当に、辛いときは、感情に任せてしまっていい。……これは、俺と約束だ」

「……ずりぃよ、そんなん」


あぁ、また約束が増えてしまった。
これだから、優しい人は、悲しい。

(君がそう言うなら、俺はそれを受け入れるだけだ)

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