あぁもう逃げれないか。


その日の夜だった。食堂からの帰り道俺は一人で自分の部屋へと足を向ける。
結構足取りは軽くて皆で食って笑って俺も上機嫌だった。


「ふんふふ〜ん……っ!」


あまりの楽しさに浸っていすぎたのか、なんなのか、部屋の数メートル前で途端にいつもの咳がまるで化け物にでもなったかのように苦しいほどに出てくる。


「うっ……っ」


しまいには床一面が赤に染まって、そこで脳内が冷静に判断を下した。
どうやら、俺は血を吐いてしまったらしい。
幸い時間が遅いもんで廊下には人っ子一人もいない。落ち着いたら片付ければバレないな。とまだ出続ける咳と格闘をしていた


「ルア……さ、ん……?」

「げっほ……っ、はぁ、あ?」


背後から驚いたような声がして、落ち着きだした咳のまま、振り向けば顔色を青くした草薙ちゃんが棒立ちになっていた。
そらそうか。俺はこの光景に見慣れすぎていて冷静なだけで、普通の人が見れば恐怖もんである。


「悪、ぃ……草薙、ちゃん、ちょっと、あっち、行ってて……」

「っきゃぁ……っ」


俺が何も考えずに場所を移動したせいか、床を見た草薙ちゃんが声を上げる。
そらまぁ血が落ちてて俺の口も真っ赤ならどう考えてもそのリアクションが正しいわな。と思いながら、ひとまず制服しかないし制服で口元を拭っておく。
あーあ。このスカジャンみてーなのもう着れねぇな。と思いながらしゃーないと拭ってそれを脱いだ。


「……ご、めんな!変なもん、見せたな!」

「だ、誰か、呼んできます!」

「いいから!呼ぶなよ?言うなよ?」

「で、でもっ!」

「……いーって。大丈夫。な?」

「……あ、あの」

「悪い夢だ。はよ寝な、このアマが」


つい、睨むように牽制をしてしまった。この凶悪顔がだ。
当然草薙ちゃんは怯えたように走って(多分)自分の部屋の方に逃げていったけど。

それにしても、長く続いた咳に吐血、か。と溜息をついた
咳だけなら、ダルさが続いていただけならまだその可能性は俺の中では薄かったというのに。

どうやら俺が、あっち側の人間になってしまったようだ。
こりゃどうしようもないな。と両肩を竦めて一旦部屋へ戻る。
そそくさとタオルを持ってきて床を拭いて、そのタオルはゴミ箱の奥底に沈めこんでやった。

これで証拠隠滅。


脳内の端っこにあった、多分俺が患ってしまったであろう病名は簡単に俺の体力も奪うだろう。
このままならあの人と同じできっと2週間ぐらいで体重もガタッと落ちそうだ。

うわぁ、俺が骨と皮とか気持ち悪いな、と横になったベッドのうえでまるで他人事のように笑っておいた。


どんなことがあっても、笑っている約束だからさ。


「……あーあ……どうりで最近、俺おかしかったのか……人間って、こえーよな、ホント」


人間は不思議なもんで、自分の死期を悟るらしい。
あぁ俺に残された時間なんて、あの人と同じようにならあとほんのわずかで
もしかするとまだたくさんあった時間すらも、途中でブツりと音を立てて消えるかもしれない。


「……笑って、ればいい。ギリギリまで、ずっと、そうじゃないと、俺が俺でいる意味が、ない」


(きっと、もう手遅れだから、どうせならもっと手遅れになってから、苦しみながらでも、気が済むまで生き延びてから死ねたらそれでいい)

[ 29/46 ]

[*prev] [next#]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -