あらまぁ

「あぶない!早く回収しないと……」


草薙さんの声が張りつめた空気を裂いた。
そっか。拾わないと。と、俺も動く。俺が無言で動くのと同時に月人さんの声がした


「了解です、ただちに」


月人さんも俺と同じように躊躇もなく割れた皿の破片を素手で集めだす。


「えっ!?」


驚いたような声が聞こえたものの、特に気にも留めない。
俺はまだ拾ってはいるものの怪我をしていないが、月人さんは時すでに遅しというやつで、鮮血が流れていた


(あ、血だ……神様にも通ってるんだ。血って)


不思議なことを思いながらも、その血を見て、綺麗だなと思う。
生きている何よりの証拠。
濁りのない赤。


(俺とは違う)


俺はあんなに綺麗な色の血をしているだろうか


「だめです!何をやっているんですか!」

「おい!宋壬!」


草薙さんと冷慈の声に驚いて、手を滑らせて、集めていた破片をまた音を立てて落としてしまった。
おまけに俺の手を傷つけて。

流れ出てきた俺の血はやっぱりどこか汚れているように見えた。


(このまま全部流れて、出血多量で、死ねたらなぁ)


血の気のなくなった、青い顔、皺ひとつない状態での死に顔。
あぁ、どれだけ綺麗なことだろう。

駆け抜ける痛みですら、今の俺には"生きている"ことを痛感させる手段のひとつにすぎない


「拾わないと……」


落としたかき集めていた破片へと手を伸ばそうとすると、綺麗な華奢な手が俺よりも先に延びてきて、その破片のひとつを掴んで遠くへと放り投げた


「……え」

「宋壬さんも月人さんもどういうつもりですか!もう危険なことは止めてください」

「誰かが片づける必要があります。イベントの進行の邪魔になりますから」

「……さっき、回収するって言ったのは、草薙さんだよ……」


草薙さんはおかしなことを言う。
回収するって、言ったから、俺は動いたのに。今度は危ないからやめてください。と
どっちにしろこのままというのは、よくないから、とまた俺も月人さんも破片へと手を伸ばそうとした

今度は、冷慈と冷慈に似た人が俺と月人さんを羽交い絞めにして止めてくる


「あにぃ!やめろって!今は人間とおんなじ能力しかねぇんだ!怪我したら、回復まで時間かかんだぞ!」

「宋壬!そんなんより先にお前の怪我だろうが!!」


きっとこうでもしなとやめないのがバレているのだ。
俺は、冷慈にそう言われ、脱力をする。あぁ、疲れた。
怪我はどうでもいいにしても、疲れたのだ。

(何に疲れたのかな……。お月見、楽しかったのになあ)

冷慈に止められて、意気消沈。といったところが正しいのかもしれない
そんな俺とは裏腹に月人さんは抵抗をしていた


「そんなこと関係ありません。離してください」

「関係、あんだろ……?いくらあにぃの頼みでもそれは出来ねぇ!」

「……」


どうしてだろう、本人がやると言ってるなら、やらせてあげればいいのに。
こんな危なくて面倒な事、自分からやると言っているなら他人からすれば好都合だろうに。


「月人さんと宋壬さんは今の自分を……人間であることを否定しているんですか?だから、そんなふうに平然と自分を傷つけているんですか?」


草薙さんに問われたその言葉に、脱力して意気消沈した俺は動かない脳みそで返事を考える
いくら考えても、君の出してほしいであろう正解が俺にはわからない

そんな俺をよそに、月人さんはあっさりと首をふった


「君は勘違いをしています。俺は人間を否定しているわけではありません。それ以前に、自分がどうしたいのかがわからないのです」

「……え?……あの、宋壬さんも……ですか……?」


その言葉は俺にでも理解できた。つまり月人さんは自我がないと言いたいのだろう。
残念なことに、俺には自我がある。とても少ないけれど、感情もある。


「……俺は、違うよ。……自分を否定してるのはあってるけど……それは中身のことであって、外見は好きなんだ。できればこの見た目のまま死にたいんだ。だから、かな」


人間、長生きすればするほど、他人の思いを背負って生きていく。
どうしてそんなことができるのか、不思議で仕方ない。
自分の思いもわからないのに、他人の思いなんか背負うと、その重荷で確実に俺は潰れるだろうし、誰かの思いを背負えるほど、優しい人間では、ないんだ


「自分に関心を持てない者が、どうして他人に関心をもてるのでしょうか?俺は自分自身に価値を見出せない。しかし命令には従うべきだと思っています。それくらいしか俺には出来ないからです。命令が俺の道筋……生きるべき理由ですから……」

「理由……俺には、ないこと、ですね……」


例えどんなひどい理由であれ、生きる理由のある、月人さんが羨ましい。
一体、俺に生きる理由があるのか。他人の思いを背負うことも嫌で、自分の思いもハッキリせずに、ただ流されていくだけの中身のない俺だから。
あるものは少しの感情ぐらい。


(どうしたらいいんだろうね。うーん、難しいなぁ)


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