貴方の人生元通り

「……っ、なんで、消えちゃうんだよ……俺、手、伸ばしたでしょ……っ」


ただ一つ、声が誰も居ない森に響いていた。
カサカサと木々を掻き分けるような音がした、その先にまた、彼女がいつも通りの姿で現れるのでは、と期待を少なからず抱いたその神は、慌てて振り返る


「おい、授業だぞ」

「柊、センセー?」


そこに現れたのは最愛の彼女ではなく、その叔父であり日本神話の雷神を名乗る柊という教師ただ一人。


「……無理だよ、麗菜ちゃん……消えたんだよ……こんな状況でよく授業だとか……!」

「は?お前何言ってるんだ。誰だ、その名前の奴」

「……え?」


まるで、本当に知らないというように柊は困惑した表情を浮かべてディオニュソスを見ていた。
一方のディオニュソスも、唖然として、その言葉を脳内でリフレインさせる。


「また、そこらの女が泥にでも戻ったか?はいはい、戻るぞ」

「え、ちょっと……!」


驚愕の表情を浮かべるディオニュソスをよそに柊はそそくさと来たであろう道を戻っていった。


(……そんな、まさか……!)


慌てて、走って校舎へと戻ったディオニュソスはクラスメイト全員に彼女の存在を問うが、誰一人、彼女の血の繋がっていた者ですら、彼女の名を聞き覚えの無いもの、と言い放った。


「なんで……!?草薙さん!草薙さんは、覚えてるよね!?」

「え……あ、あの……麗菜さん……?ご、ごめんなさい聞き覚えが……なくて……」


自分の中にだけひどく残った彼女の残骸は、他の神や人間には微塵も残っていないようで、彼は最後の最後に、重く佇む見慣れた戸の前に静かに立っていた。



「……ゼウス……」

「……わかっておる。お前の言っている女のことはワシも覚えてはおらんがな」

「な……」


「まぁまぁ、待てよ、ゼウっちゃん」


ゼウスですら、覚えてないと言われこのやり場のない感情をどうすればいいのかと途方に暮れた直後だった。
どこかで聞いた、彼女を押さえつける存在だった男の声がした


「……アンタ……!親なんだから、覚えてるでしょ!?」

「……。おう、もちろん。……悪かったな」

「え?」


彼は優しく困ったように笑っていた。前まで見ていたものとは違う、慈愛に満ちた優しい表情は、まるで彼女にそっくりだった


「俺の馬鹿娘がやらかしたな。まぁ、多目に見てやってくれよ、彼氏さんよ。……これが、あいつから預かった、最期のお前への感謝、なんだと」


中国神話の最高神、天が神化をした姿になりゆっくりとディオニュソスの額に光輝く指先で触れる。


「お幸せにな。だとさ」



(そして俺の記憶からも、やっと得た気がしたとても大事な人が掻き消された)



fin.

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