本契約



「……はぁ、疲れた」


あれから1年がすぎたぐらいだろうか、現状といえば私は路上でライブをしていたりする
ギターも必死こいて勉強してなんとか弾けるようになって、仕事をしながら、休みの日に路上ライブをしている


「……げ、雨とか聞いてないし……ルアの野郎……降らしたな」


はぁ、とため息をつきながら、ギターをしまいこむ。
この天気で今日は誰もいなかった路上ライブだし速く切り上げたところでなんら問題もない

最初はポツポツ程度だった雨が、いきなりバケツの水をひっくり返したように降り出した
もうこれは絶対にルアの仕業だ


「……おいおい、雨宿りする場所もないんだけどここ」


重いギターケースを抱えあたりを見るも、初めてきた土地であたりにほんとに雨宿りできそうな場所がなかった

仕方なしにずぶ濡れになりながらもちょっとでも雨宿りできそうな場所がないかをだがして回ることにした


(……あ、こんなとこになんか店あった)


少し隠れた場所になんだか洋風の小さな店があって、どんな店かはよくわからないが、雨宿りだけでもさせてもらおうと、そこの戸を開けた

中に一歩入れば知っている香りが鼻を掠めた


(……これ、葡萄酒……?)


まさかと思って店内を見回しても、従業員はおろか店長らしき人物の姿も無い
でも、もし、これが偶然じゃない何かだとしたら、きっと、いる気がする

これでまったく違ったらただの痛い人なわけだけど


「……まさか、な。……ちょっとやむまでいさせてもらおう」


重かったギターケースを降ろしてから気づく。あぁそういえばずぶ濡れなんだ、と。
こんな状態で店の中を練り歩いたら水浸しになってしまう

これじゃ嫌でも誰かを探さなければいけない

(でも逆に理由ができたと思えば……)


ゆっくりと口を開いて、人を呼んでみる


「……すいませーん。どなたかいらっしゃいませんかー」


収まらない心拍数をどうにかしようと深呼吸をしてみるものの、あまり意味はないようで、さっきからうるさいほどに鳴っている


「……すいませーん!」


二回目のその言葉に奥のほうから、聞きなれた声で返事が返ってきた


「は〜い」

「!!」


奥から出てきたそいつは相変わらずヘラヘラとして優男で、やっぱり見て腹が立った
あぁ、前となんら変わらないその態度に少しだけ安心したなんて言えない。
これだけずぶ濡れなんだから私だってことに気づかないでいてくれないだろうか


「いらっしゃ……麗菜ちゃん!?ちょ、そんなずぶ濡れで……!」

「え、あ!あっと……雨が急に降り出して……雨宿りする場所探してたらここについただけ……」

「……そっか。ずっと、探してたよ。やっと見つけた〜!ちょっと待っててね、タオルとってくるからさ」


ずっと、探してくれていたらしい。その言葉にまた心拍数が上がる
あぁ、もう、なんで私はあんな優男がいいんだろう


「はい、麗菜ちゃん。タオル」

「……ありがとう。助かったよ〜。いきなり土砂降りなんだもん」

「ははは、ルアくんが降らしてんじゃないの〜?」

「だと思う。あいつ殺す」


相変わらず物騒なこと言うねぇなんてヘラヘラしてるコイツのどこがほんとにいいんだろう
答えなんて分かってはいるけど、そうやって自問自答しなければ、なんだか溶けてしまいそうだ


「あ、そうだ。せっかくだから上がっていきなよ〜。身体冷えたまんまじゃ風邪も引くしね」


「……じゃあそうしようかな」


店の裏側が家になっていたようで、一歩、家に踏み入れた瞬間に抱きしめられた
とりあえず相変わらず癖だったのか、殴ってしまった


「いっ!?」

「あ、つい……癖で」

「それも、変わってないよねぇ……ねぇ、麗菜ちゃん」



(もう、(仮)ってのは外してもいいデショ?)


(優しく微笑まれたら頷くしかできないだろ、馬鹿)


fin.


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