持久力半減体


「れーじたん!」


名前を呼ばれた気がして、ゆっくり瞼を開いたらさっきまでギャンギャンと言い合いをしていたはずのおニイさんが仮面越しでもわかるほど心配そうに、俺を見ていた
やめろ、まるで死に掛けてるような人間に対してみる目で俺を見るな


「……うっせ……眠てぇんだから騒ぐなよ……」

「寝たらマグロあげないよぉ!起きて!」

「……あぁ、もう」


どうやら思考はお互い正常に戻ったらしく、ゆっくり立ち上がろうとする。
するものの、足に力がうまく入らずにコケそうになった。
ちなみに真後ろは断崖絶壁のまま。
あぁ、本当にこれは死ぬぞと思っているとグッと引かれて逆に前に倒れた

おかげで助かったものの、これじゃあどう見ても俺がおニイさんを押し倒した形である。
ありがとうございます。

うそです。


「わり、ありがとう。くっそ、足に力入んねぇとか反則だろ、匍匐前進で戻れってか」


コノヤロウとボヤきながらどうにか上からどこうとしたときだった
おニイさんからギュッと抱きしめられとりあえず、やっとまともに戻った思考が一旦停止した


「ごめんね、れーじたん。僕は、出来損ないだから、何もしてあげれないから、助けてあげれないからって、あれから会わなかったんだ。でも、ずっと、心配してたんだよぉ」

「……、おっせーよ、ばっかじゃねぇの」


どうやらずっと見ていてくれてはいたらしい。
あんな荒んだところも見られていたらしい。漂流物を踏みつけて壊していたようなところも

なんだかやっと、休憩できそうな気がした。
立ち続けて、前に前に負けないように止まる暇もなかったから、どうすればいいのか知らないままだった


「……くっそ、あーもう……」


そんなつもりはないのに、ポタポタと涙が頬を伝って落ちていく
まだ、足に力が入ってくれないわ、おニイさんは離してくれないわで一歩も動けないままだ

ゆっくり絡まった視線から逃げれそうになくて、思わず顔をそらす。
泣いたあとにたまったもんじゃねぇな、と拭ってから、ふと、今更気づいてまたものすごい勢いでおニイさんを見た


「あはっ、びっくりしたぁ?」

「な、なんで、狐面……っ」

「うーん、れーじたんだし、いいかなぁって。ダメ?全部見えちゃってる?怖い?」


確認するかのように緑色の目が俺を見たとき、俺にそんな特殊な体質はないはずなのに、酷くてあまりにも悲しいだけのおニイさんの生きてきた道が見える。

日本神話の神様を嫌っているのも、うなずける。


「……っ?」

「………………」


いつの時代かなんて馬鹿な俺にはイマイチわかっていなけれど、どこかの海辺で、まだおニイさんが少し幼く見える。
そこの隣には見た目的に納得はいかないけれど、日本人離れした容姿の多分僧侶っぽい人が一人。

楽しそうに二人で釣りをしているのに、おニイさんにばかり魚がかかって、僧侶の人には一匹もかかっていなかった


「錫杖さんそんな怖い顔してるから魚も逃げちゃうんだよぉ」

『こりゃあ参ったな。顔が怖ぇのは元々よ』

「仕方ないから僕があげるよぉ」

『おうよこせ。焼いてやるから一緒に食うぞ』



楽しそうなのに、場面は一転して、錫杖と呼ばれた人の死に際が映し出されて、おニイさんは泣きじゃくっていた


「君がいなきゃまた僕一人になっちゃうじゃん……っ」

『泣くな……また、会えるから……だ、から……

みっともない……顔、してんじゃ、ねぇぞ……』

「いやだよぉ……、錫杖さん、ずっと、一緒いてくれるんでしょ……っ」

『いてやるから……、今は、許せ……っすぐ、会いにきて、やるか、ら……約束、して、やらぁ……』



気づいたら、また俺が泣いていた
その錫杖さんとやらが、ちゃんと会いにきてるのかは別としても、俺よりもきっと辛かったに決まっている。


「……、馬鹿だろ……、な、おニイさん……もう、大丈夫……」


言いながら、急にやってきた体中の激痛に顔を歪める
なんだこれ、すげぇ痛い


「っ……!!」


声も出せなくほどの痛みに、おニイさんから飛びのいてのたうちまわる。
あぁ、やばい、嫌でもわかる。これ、死ぬぞ。
そう一瞬でも望んだのは俺だったけれども。
状況が戻った今、むしろいいほうに少し進もうとした途端これだ


「れーじたん!」

「ぃ、やだ……っ!!」


(これ以上アンタに持っていかせない)

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