廃棄精神論
「……そろそろ、頭が冷えただろ。戻って来い」
「そうだよレイレイ!いい子だから戻っておいで〜!」
いつの間にか、普段通りの姿になっていた柊さんが呆れたように俺へそう言ってくる
ネメシス(先生)も一緒になってまだ、"いい子"だとほざいている。
そんなわけ、ないのに。
面倒になって、その場を飛びだった。
行く先は青くて澄み切った断崖絶壁。
まさか飛び降りようなんてどこぞの被害者のような思考ではない。
なんとなく、向かっただけだった。
「……、変だな。海に来るとシミジミするわ」
一人、辿りついた海で座り込んで見ていた。
それが妙に落ち着いてきて、気づけばフッと意識を飛ばしていた。
「……はぁ、ダメだな。どうにも邪魔ばっかりしやがって……」
一方で保健室では重苦しい空気を裂くように柊が己の掌を見つめながら肩をすくめていた。
「センセー!よかったー!戻ってるねー!」
「……そうだな。それより、今は冷慈だ。勝手に出て行きやがって」
どうやら自分のことは話す気が皆無のようで柊は適当にネメシスの話を濁し、話題を元に戻す。
どちらにせよ、深刻といった表情をしたままだった。
「人間のくせに神化しやがって。死ぬぞあいつ」
本来ならば、まだ、人間の状態を保っていたはずの冷慈が神化、というよりも妖怪の姿となっていた。
人間の身体でそんな能力を使えば、当然、その代償がかかる。と相変わらず深刻そうに柊は説明をする。
それを黙って聞いていた狐面の青年が、何を思い出したのか、ひどく慌てたような雰囲気で外へと向かっていった
「……見つかるといいがな」
「レイレイだもん、大丈夫だよー!クソガキが行ったし、大丈夫きっと!それよりセンセー!センセーのこと、そういえば私何も知らないよ!」
「……そうだな。知らないな」
「どうして教えてくれないのー!この間もセンセーのことは教えてくれなかった!」
「……どうしてって言われてもな……」
「センセーも私と同じ二重人格?!さっきなんか変態っぽいセンセーがね!」
お仲間だ!とネメシスはいつものテンションで柊を問いつめる。
一方で柊は自分のことをどう話すべきか、そこから懸命に、なるべく簡潔になるように考えていた。
「……死んだ兄弟が憑依してる、とでも言えばいいのか?」
「センセーの兄弟だったの?さっきの変態センセー!」
「……あいつは伏雷神だ。俺は大雷神。本来雷神ってのは8柱……8人いた、俺を合わせて。それで、俺以外の7人が死んだのさ。死に際がまぁ……色々あったもんで成仏できずに元々憑依されやすいらしい俺にひっついてるわけさ」
おかげで毎日肩が凝って仕方ねぇんだよ。とブツブツと文句を言っているあたり、本人的にはあまりよろしく思っていないようだ。
「なるほどー!センセーも大変だね!」
「本当にそう思ってるか?お前」
「思ってるよー!シツレイだなー!」
「……ネメシス、いざとなったら、任せたぞ」
「??よくわかんないけど、おー!任せてー!」
「……やっぱり馬鹿だな」
「センセーってばひどいなー!!」
いざとなったら、きっと俺は本物である彼女から神罰をくらう存在だろう。と柊は内心で思いながら、いつまで続くかはわからない平和な空間に麻痺しておくことを決めていた。
「うんうん、冷慈達はともかく、皆が平和で何よりかな」
何故か保健室の外で、白い鳩と戯れながら神と化したグルーガン、フォルセティが神々しく微笑みながらそれぞれが話しをしている保健室を見守っていた。
(平和を求めるがゆえに戦争になることもあるけどね)
そんなことを考えているとどこからか烏が一羽飛んできて鳩と戯れる
「やぁ、モリガン。モリガンも外に避難してきたの?」
「あぁ、あのような場所は私には似合わないからな」
「そんなことないと思うけどな」
「……そんなことはいい。それにしても、お前、堂々と神化をしすぎではないのか」
「あはは、俺は教師だからね、枷はついてないし、バルドルみたいに裏の力があるわけでもないから、ただ平和にするだけだからね。神化したところで害はないって判断されただけだよ」
ただし、罪を犯した最低な平和の神だけど。となんだかんだと楽しそうな柊とネメシスを見つめる。
ベッドのところでは完全にビビったらしく命が隅で布団に包まるように隠れていて、彩詞が何かを話しかけている。
他の生徒は既に保健室から出て行ったのか、姿がない。
おそらく樹乃と宋壬は食堂で、哀詞はまたイタズラをしかけだしたイシスから逃げているのだろうとグルーガンは想像し、おかしそうに笑っている
「ふ、ははは……」
「変態がついに頭がイカれたか」
「酷いなぁ。違うよ。皆、楽しそうだなって思ってね。いいことなんだけど、チグハグしてるところが多くて見てて微笑ましいな。……きっと、本当は冷慈もそうなんだろうね。楽しいんだろうけど、不安なんだ」
「哀れだ。己すら信じずに周りを壊そうなどとしようとするとは」
「そうだね。……狐の人になら、懐くかもねあの狂犬も」
「……人間を犬と同じ扱いにしてやるな」
「あれは犬だよ犬」
(孤高の一匹狼、じゃなくて、孤高の一匹の狂犬なんだから)
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