憎悪の行く先

何かわからないけれど、黒いモヤのようなものに、とりつかれるように巻かれた俺は、気づけばあの頃に抱いたはずの憎悪を何倍にも膨れあげさせ、自分でも制御なんかできないぐらいに"何か"に動かされていた。


「そういえば、あの人いねぇなー。狐のおニイさん」


残念と肩をすくめれば、樹木の女神であるはずのチビが怯えたように宋壬の後ろへと避難した。

あぁ、その表情が嬉しい。
俺は"仕返し"をするためにいる。
見ていただけの人間に。腐った世の中を作った神に。


「なんか、ヘンだ……」

「……うん、樹乃ちゃん、そこから動かないでね……」


あーあ、そんな仲良しこよししやがって。
とんでもねぇなこりゃあ。と冷めた目でその二人を見下す。

そんなのも知らんと言わんばかりに宋壬はゆっくりと俺の方へ、やってくる


「冷慈、話、聞いて」

「あぁ、いいぜ?俺は真面目だからさ、話ぐらい、聞いてやるよ」


聞いて後悔するとも知らずに俺は馬鹿にしたようにそう返答を返してしまった。

宋壬にとってもイチかバチかの賭け。
俺からしてみれば、そんなことをお前に言ったっけ?という疑問と、そんなわけがないという驚愕


「中学、最初の頃……、冷慈、言ってたよね。"友達ができた"って」

「……え?」

「……海で、魚釣り、したって、言ってたよね?」

「………………………」


必死に記憶をグルグルと巻き戻せば、あの夢を思い出す。
海で、絵の具まみれになった俺に、声をかけてくれた、確か、神様。

白い狐の面で、頑なに顔を隠していた優しそうな、人。


「だ、だからなんだよ」

「……いるのに、友達。いるのに、冷慈は、一人なの……?冷慈に似てる人だって、草薙さんだって狐の人も、いるよ……冷慈が言えば、助けて、くれるよ。俺や彩詞や哀詞と違って、いい人、だから……。きっと、その友達だって……」

「うるせぇんだよ……どうせ、そんなこと言ってここもかわらねぇんだろ!!」

「はいはーい、そこまでぇ。あれぇ、れーじたん、どうしちゃったの〜?」


やっと現れた、狐のおニイさんはあっさりと俺と宋壬の間を引き裂いてくる
その面を見て、思い出してしまった今、ひどく混乱する。

釣りとか、海とか、狐とか、雰囲気とか、共通点が多すぎて、バカな俺にでも、わかっては、いる。
中学のとき、まだ、俺が現実に夢を見ていた頃。

こんな容姿ではなかったけれど、こんな感じの神様が、途方にくれて海に行った俺を見つけてくれた。

でも、会って話をしたのはその一回きりで、それ以降目の前にすら現れてくれなかった。
俺は、たくさん話たかったのに。
たくさん聞いてほしいことがあったのにやっぱり嫌われたのか。と諦めて、いつしか重なっていく苦痛のせいで、記憶の奥底にふたをしていた。


「……、嘘、だ」

「……嘘じゃないよ、れーじたん」

「……じゃあ、なんで、今更、あんなことばっかり……!俺は!ただ、話を聞いて、ただ、話をしてくれるだけで、よかったのに……!」


バリンッと音をたてて風圧に負けた窓ガラスが割れて飛び散った。
悲しい、悔しい、憎い全部がゴチャゴチャと混ざっているのに、どこかで嬉しいと思ってしまう俺が居て、完全に情緒が不安定だった


「嫌だ、違う、そうじゃない……そうじゃ、そんなんじゃ、ない……」

「れーじたん?」

「信じない、言わない、言っちゃ、ダメなんだ……、だから、だから俺は……」

「……大丈夫だよ、れーじたん。ずっと、僕はれーじたんの味方だよぉ」


優しく落ち着かせるように、おニイさんがそう言っている。
俺は、どう、返せば、いい?

(脳内をよぎった選択肢は二つだけ)


→ 『どうせ口だけならいらない』

→ 「信じていい?」

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