届かないから

「……」

「おはよぉ〜」

「お、おはよう……」


教室に入るなり、おニイさんは俺へしなくてもいいのに挨拶をしてきた。こんなの幼馴染以外にされないから慣れていなくてギクシャクと返事をする。
こいつが気にしないように、首の跡は姉ちゃんの持っているファンデーションとやらでうまいこと消してきた。


「……あれぇ?それ、消えたのぉ?」

「あぁ、起きたら消えてたけど」


しれっと嘘をつく。もう嘘をつくのにも慣れているし、どうとも思わない。
よくわからないけど、昨日のように治されようとされたら困る。
治らなくていい、跡なんだ


(初めて、だからか。直接面と向かって、一対一で、されたの)


「……嘘はいけないんだよぉ?」

「っ……」


スッとまた伸ばされた手から条件反射のように逃げる。
そんなことをしてほしいと求めているわけではない。
できるなら、できるならー……


(そんなことなんかよりも、俺はー……)


思いかけて、やめた。やっぱり脳裏に最悪のシナリオしか出てこないから。
信じてどう転ぶのか、嫌われるだけなら、今のままでいい、とまるで精神安定剤にでも頼るかのようにまた、その跡に触れる。


「……れーじたんってばドM〜?」

「そんなんじゃ、ねぇ……。ただ……」

「ただ?」

「……なんでもない」


逃げるように教室から出て行く。これは2限もサボりのフラグだ。
あの人は優しい。神様なのに、俺の嫌いな。
でもきっと手を伸ばせば気づいてくれる人だと思うのに、それができない。

まぁ、大丈夫。もう信じない。と決めたはずだから
いくら信じたくてもこの一歩は踏み込んじゃいけないし踏み込ませてもいけない。

逃げながら考えていると足元を見なかったせいか階段で派手に足を滑らせて割りと上の方から踊り場まで転げ落ちてしまった。
周りの(精霊らしいけど)生徒も驚いているから、そそくさと立ち上がればあちこちにガタがきたかのように痛みが走った


「っ……しくじった……」


骨を折ったりだとかそんな大事なことではないようだが、まぁ、痛い。
でも早く、と足を進める。向かう先は保健室だけど手当てを目的に行くわけではなくて、匿ってもらうため。
こんな痛みも、今まで味わってきた痛いのも全部全部、海に比べれば小さくて、俺よりずっと大きい傷を負った人たちが山のようにいるのに、これぐらいで、もう弱音をあげるわけにはいかない。


「……大丈夫、大丈夫だ。まだ、俺は、あいつらの言うみたいにトチ狂ってなんか、ない」


かつて言われていた、狂ってるという言葉。どこが狂ってるんだ。ただ生きているだけなのに
狂ってるのは向こうのほう。他人を理解せずに否定して、集団でやれやこれやとやらかして。
しまいには俺は何もしていません。と。

……そうだ。俺だけがと思うぐらいなら"あいつらが全部悪い"と思えばいい。
そう、俺は何も悪くない


「……柊、さん……ちょっと、寝かせて……」

「……おい、どうした……」

「階段から、落ちた……」

「……待ってろ、診てやる」

「いいから、寝かせてって」


柊さんを振り切って一番奥のベッドを占領する。
カーテンも閉めて、電波の入ってない役立たずスマートフォンにイヤホンを挿して、音楽を聴きながら周りの雑音を遮断する。

少しずつ睡魔に襲われて思ったよりキツかったのか10分もしないうちに寝こけてしまった


(一人になれてしまえば一人のほうがいいに決まってる)

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