最期の希望

「っう……た、ける……」


なんとか、いつもの自我を取り戻した俺は一目散に尊の名を呼ぶ。
早くしないと、またいつ、狂うかなんてわからない。現にまだ頭と心が思っていることがちぐはぐで、頭では恐ろしいことを考えている

心は、なんとかしたいと思っているのに


「冷慈さん!戻ったのか!?」

「……たのみ、が……ある」

「頼み?なんだ?」


あえて、戻ったかという問いには答えずに俺は即座に本題へと入る



「おれ、を……殺せ……お前にしか、頼めない、んだ……」

「っ!?な、何言ってんだよ!んなこと、出来るわけ……っ!」

「頼む!!これ以上……傷、つけるわけ、に、は……」


必死に頼む。なんの恐怖からか流れ出した涙は止まることがない
死への恐怖ではないことは確かだ

きっと、尊にこんなことを頼んでしまっていることについてだろう
本当なら頼みたくはない。でも、このままだと、俺が全てを狂わせ、壊していくことは明確だった。
俺が消えることが一番速いんだと、理解したうえでの、選択だった

それに、人間ってもんは、死んだら来世がくる。ただし、他殺、事故死、病死の場合だ
自殺に限っては、生まれ変わることがないらしい
俺の親父にそんなことを昔、聞いた気がする


「……ムリだ……っ、そんなの……」

「つぎ、会う、ために、頼んでる、んだよ……」

「え……」

「にんげん、は……自殺じゃなけりゃ……生まれ変わることが、できる……。だか、ら……俺は……最期はお前、に殺されたい……。自分に殺されるなんて、まっぴら、ごめんだ……た、ける、頼む、から」


今にも出てきそうなあの黒い嫌な感情をどうにか抑えつつ、必死に口を動かす
このままじゃいけないことだけは確かなのだ。


「……っ」


泣きながら、尊が剣を俺へ向ける
そう、それでいいんだ。そうしてほしい。俺は死してなお、他人を恨むという行為をしたくない。浮かびたい。あわよくば生まれ変わって今度は荒まないように、やり直したい


「っ……ぐ……あ……」


綺麗に突き刺さったその剣と痛みに思わず倒れこむ。
朦朧とした意識の中、尊が、草薙が泣いているのが視界に見えた


「……っ、あ、りが、とう……」


今まで言いたくても言えなかった言葉をやっと口にした。ずっと、言えなかった
口にすることが、なんだか慣れてなさ過ぎてどう言えばいいのかもわからなかったから


「……あと、は、追って、くんなよ……。いま、すげー……しあ、わせ、だから……」


2人の涙が俺の顔へと落ちてくる。最期までどれだけ泣かしてるんだ
でも、それでも今までのことを考えると、これでよかったんだと自分でも、思う

完全に天へいくまでには49日も期間があるというし、その間は見えなくても、側で見守っていてもいいかも、しれない


「冷慈さん……っ、なんで、なんでなんだよ……っ」


尊の悲痛の声が聞こえて、眩む視界と薄い意識の中、懸命に手を伸ばす
そっと尊の頬に触れれば、余計に泣き出した


「もっと、俺が……気付いてれば……っ」

「……頼むから、そんな、顔をするな……。また、会えるから」


蚊の泣くような声にならない声でそう呟いた
誰かに助けを求めることは下手くそだったし、最期まで強がってしまったけど
それでも、俺はこの人生が、こいつらと会えただけで、幸せだと感じている

そして、ゆっくりと、意識を手放した


(最期くらい、風神らしく風になりたい)


(俺も、なりたかった。誰かを支えれるような強い人間に)

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