回復への兆し

あれから丁度1週間くらいたったころだった。
今日はもう、卒業式で壇上にいるゼウスをただ見ていた
色んなことがあったけど、それは全部俺にとって必要な大事な思い出になっている
もちろん、ここを離れる寂しさは尋常じゃないほど痛感してはいるけども

いつまでも、別れに嘆いてはいられない
前を向くための、一年だったんだからな


「およそ1年という歳月の中、諸君はワシが命に従い、己をかえりみて成長してくれた。諸君の努力が未来を変えたことに感謝する。今後も世界のため、尽くしてもらいたい。……ワシの口から伝えるべきことは以上だ。今までご苦労だった。諸君の行く道が、幸運に満ちていることを祈っている」


ゼウスのその言葉を聞いて、今度こそ何もかもが終わったのかと、今更になって実感が沸いてくる
ここに来て、色んなことがあった
俺の一番の成長といえば、あの荒みようがこいつらのせいで、人間らしくなったことぐらいだけど、それは俺にとっては一番大きなことだったように思う

あれだけ、人間も、神をも嫌っていたのに、今ではそうじゃない
むしろ、まだ一緒に学園生活をしたい。団体行動も、協力もなんでも今ならできるのに


(もう、終わりなんだもんな……)


宋壬や彩詞、哀詞は帰る場所は同じだからいつでも会える。でもそれは前となんら変わらないわけで

卒業ってのは本当に会いたい奴等に会えなくなることを指しているんだと思うと、涙が出てくるのを止められなかった


(泣くな、俺……男のくせに……、馬鹿じゃねーのか)


ただ、ここでの時間が楽しくて、友達と離れがたい
好きな奴とも離れたくない。

もう、割り切ったはずの思いだけが俺の中に溢れてくる
草薙とも、尊とももう会えない。俺を支えてくれた2人と言葉を交わすことさえなくなる

1年前に戻るだけだというのに、何をそんなに悲しまないといけないいだろう
別れがあれば、きっと新しい出会いだってあるはずなのに


(大丈夫、大丈夫だ。きっと)


顔を洗うように両手でゴシゴシと涙を拭って、ゆっくり深呼吸をする
そうしたとき、不意に尊と目が合った
尊も、泣きそうな感じではあるが、必死に堪えているようにも見えた

あぁ、これは俺はこれ以上無様な姿を見せないように、早々に元の世界に戻らなければいけないな






「…………」


クラスメイトだった神という存在の奴等が元の世界へと、帰っていく
それを少し離れたところで壁に寄りかかりながら、見送るだけの俺の両隣には尊と草薙が陣取っていた


「……お前ら、帰らなくていいのか」

「冷慈さん……。そう、ですね……」

「……少し、話すか。最後だしな」


2人を連れて、屋上へと行く。帰る前に少しだけ


「……やっぱ、いいよな。ここ。最初はあんなに嫌だったのにさ……。全部、お前等のおかげだな」


思えば何かと屋上で色々あったような気がする。全部全部が俺が変わるために必要不可欠な出来事だったのかもしれない


「…………何回、ありがとうって言えばいいんだろうな。言い足りないくらいには感謝してる。……って、おい、泣くなよ」

「わ、私も……感謝してます。冷慈さんがいてくれたから……っ」

「おれだって……草薙と同じことを思ってる……」

「……、ほら!泣くな!しっかりしろって!な?」


本当は、俺までまた泣きそうになっていたのを精一杯堪えるために、空を見上げる
あー、綺麗だなー。うん。憎らしいほどの快晴だ


「……帰るか。いつまでもここにいても仕方ねぇしな。……うっしゃ、学園長室まで競争な!負けた奴は最初についた奴からビンタな!」


この空気を裂くように、そう言って俺は一人で勝手に走り出す
後ろのほうで急の提案と行動に驚いている2人の声が聞こえてはいるけど、ただ、ひたすらに学園長室までの道を走った
もう卒業したんだから、校則のひとつくらい破ってもいいだろ


「っしゃー!俺一番!」

「……っ、はぁっ、はぁ……いきなりずりぃぜ……冷慈さん……っ」

「……っ、もう……冷慈さんってば……」


尊、草薙の順番で、後ろから走って学園長室へと入ってくる
おーおー、素直に言うこと聞いてくれて……ご苦労だな


「はっははは。んじゃ、流石の俺も女子にビンタはしたくねぇしな」


いつもの口調でわざとらしくケタケタと笑ってから、ゆっくり草薙の顔を掬いあげれば、自然と視線が交わる


「……。草薙、待っててくれるか?……俺が、探しにいくまで」

「はい……待ってます」


また泣き出しそうな表情でそう言った草薙に触れるだけのキスを落として、離れた


「んじゃ、先に行け?俺と尊で見送ってやっから。ほーら!こんないい男に見送られんだから笑って帰れって、な?」

「……はい」


ゆっくりと、名残惜しそうにもとの世界へ草薙が帰っていく
それを見送って、俺はまだ残っている尊へ向き合った
草薙は、会えるかもしれない。でも、尊はきっとこれが最後


「……尊。頼むから、泣くなよ。男のくせに」

「な、泣いてねぇ!そういう冷慈さんだって、卒業式ん時泣いてたのおれ知ってるんだからな!」

「……しゃーねぇだろ。でも、今は泣かねぇからな、俺は」


そう言って、草薙にしたのと同じように顔を掬い上げれば俺に変に似たそいつは、真っ直ぐに俺を見つめている
……こっちが照れるんだよ、ボケめ


「……お前相手だと恥ずかしいな」


あまりに真っ直ぐに見つめられて思わず照れて吹き出してしまう


「お、おれだって、恥ずかしいんだぞ!!」

「わーってるよ……」


そっと額に唇を落とす。また、きっと会えるんじゃないかと思うから
住む世界は違うけど、きっと奇跡は起きると信じている
それは尊にとっては奇跡ではないことかもしれないけど、人間にとっては奇跡となることだ


「……じゃあな」

「……あぁ。冷慈さん!おれ、おれ頑張るから!」

「あぁ!」


最高に笑ったまま、俺は元の世界へと戻っていった



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