朝日事件



「……おい、起きろ。起きろって」

「んー……」


まだ夢の中の俺の耳に、なんとなく声が聞こえて薄らと目を開けようとした時だった


「起きろよ、草薙!」

「「!」」


草薙を起こす声に思わず俺までもが飛び起きた
当然、耳元で叫ばれた草薙本人も飛び起きたようだが


「あ、冷慈さんまで起こしちまったか?悪い……。出発すんぞ。今から行かねぇと間に合わねぇし。はやく準備しろ」

「わ。わかりました」

「あ、冷慈さんもせっかく起きたなら、行かねぇか?」

「……。そうだな。うるさすぎて眠気は吹っ飛んだし……行くか」


結局俺も行く事になり準備をして3人で山頂を目指した


「星が……綺麗ですね……」


まだ星が見える暗さではあるが、これはこれで綺麗だ。なんか、手が届きそうな気すらしてくる

もうすぐ太陽が昇るなんてなんだかイマイチ思えない


「山頂はもうすぐだぞ。頑張れよ」

「はい……!」


黙々と歩いて登って行けば、途中で空が少しずつ白み始めて夜明けが来ることを告げている
なんだか変に勇気付けられる

それから、また黙々と歩けば、なんとか日が昇る前に山頂にたどり着くことができた


「朝日が昇るのは……?」

「あっちの方角だな」


尊の指差した方から徐々に徐々に太陽が顔を見せ始めると箱庭がゆっくりと明るくなっていくのがわかる

なんだか幻想的なその風景にもう言葉も出せない
そんな俺とは違って草薙が横で口を開いた


「とても綺麗ですね……この景色を尊さんと冷慈さんと一緒に見られてよかったです」


草薙と、俺の視線が交わったあと、草薙は尊とも視線を交わらせた


「いちいち大げさなんだよ、おまえは。でも、すげーきれいだ。おまえがいるから……なのかもな」

「…………綺麗、だな。どう言葉にしていいのかわかんねぇくらいに。俺もお前らと見れてよかったよ」


朝日を見たまま俺もやっと口を開いた
本当によかった。きっと、ここが俺の居場所だったんだ。そうゆっくり実感が沸いてきて、感謝するのと同時に、少しだけ目頭が熱くなる


「こうして清らかな朝日を見ていると自然へと神様への感謝の気持ちが沸いてきます」

「神様への、感謝……か」

「太陽の神様……か」


俺と尊の声が被った
そういえば、俺は草薙とは逆で、神のことを知るためにここにいるんだった。
確かに、尊のことは好きだ。いい奴だと素直に思える
でも、それが神様を理解しているのかと聞かれれば上手く頷けないのだ


「っち。嫌なこと思い出しちまった」


尊が罰の悪そうな顔で、言葉を吐き捨てる
まぁ俺も言葉には出さないだけで、同じことを思ってはいたけど


「でも、人間が神様に感謝し、祈りを捧げるのは当然のことだと思います」

「……当然か。草薙はすげーな」


草薙の言葉に改めて俺のダメさを思い知らされる


「……感謝なんかしたって無駄だぞ。あんな連中なんかに」

「……?」


不愉快そうに呟いた尊の言いたいことはイマイチわかるようでわからなかった
人間である俺が言うならわかる、でも、神様である尊がそう言う理由が……と思って考えたときだった
そういえば、前に聞いた尊の過去の話。きっとあれのことだろう、と納得をした


「知っていますか?剣の使い道は戦うことだけじゃないんですよ」

「へー、他にもあんのか」


草薙が、懸命に尊の機嫌を戻そうとがんばっているのが分かったから加勢をするように俺も草薙の話題へのっかった


「昔、人間は剣を使って神様へ祈りを捧げていたそうなんです。だから私がやっていた居合いも今やっている剣道も、剣を使うという意味では神に繋がっているのかもしれません」

「高天原のやつらは人間の願いなんて叶えないと思うけどな……嫌な気分にさせちまったな。帰るぞ……」


尊が歩き出すよりも少し早くに俺は既に歩き出していた。思ったよりも考え込んで歩いていたせいか今の時点で大分距離がある

俺は1人で考えたいばっかりにスタスタと尊と草薙のことは振り返らずに先に先にと進んでいく


そのとき後ろのほうで尊の声が聞こえた


「草薙!!」


その焦ったような声に振り返ると草薙が斜面から転げ落ちようとしていた


「くそっ!!」


尊の延ばした手も届くはずもなく空ぶった、これはまずい。そう思ったときだった
一瞬で姿を変えた尊が飛んで、マッハなんじゃねーかと思うようなスピードで草薙に追いつき、助けようと腕を掴んだ


「あっ……」

「わ、わりぃ。だいじょぶか!?」


俺は予期せぬ事態にその場から動けずに、何故だか焦りもせずただ、その光景を立ち尽くして見ているだけだ
じぶんでも、分からない


「……すぐ手当てしねぇとまずいな……掴まってろよ。下りるぞ」

「え?きゃっ……た、尊さん!?」

「じっとしてろよ。少し粗っぽいかもしんねぇが我慢しろ」


そう言って、あのスピードで立ち尽くしている俺の真横を通って、山を駆け下りていった






(どうして、俺は、助けようとも、しなかったんだろう。)

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