窓を開けよ
体育館裏で、草薙が来るまで寝ることを決め込もうとした時だった
「冷慈さん!」
「…早かったな」
「約束です、手伝ってください…」
「へいへい」
案外早く来てしまった草薙に若干引っ張られながら、体育館の中へと踏み込んだ
そこには3人が先に来ていた
それにしても、空気が悪い。というか淀んでる感じがして居心地が悪い
「草薙、まずは換気しようぜ。こんなんじゃ空気が悪すぎて入学式どころじゃねーよ」
「そうですね…。私は、あっち側から窓を開けて行きますね」
「んじゃ、俺はこっちな」
「お願いします」
二人で話して、別方向から、窓を全部開けていくことにした
開けるたびに真新しい風が入ってきて気持ちいい
全部、開け終わってから、草薙はそのまま3人の元へ向かう
途中、3人が手伝ってくれたおかげもあって、窓は割りと早く、全開になっていた
「さあて!どうしよっか!人間のスペシャリストである君たちに教えてもらいたいな」
アポロンが、目を輝かせて楽しそうに聞いてくるが、俺は基本的にこういうことをするような人間ではなかったので、説明しようにもどうすればいいかあまりわかっていない
とりあえず、掃除にイス並べくらいなのか?と自分の脳内で疑問符を浮かべる
「まずは掃除で一通り綺麗にしたら、あちらの壇上に向けて椅子を並べていきます。新入生はまだ揃ってませんけど、一応教室と同じ10席を用意しましょう」
俺が黙り込んでいると、横でテキパキと草薙が手順を説明しだす
なんだろう、俺の見てきた最悪な女子共とはちょっと違う気がする
「そこに名前の順で座ることになります」
「なまえの、じゅん?それはどういうものなのかな?」
「あ、すみません、ええとですね…」
バルドルの素直な疑問にも、草薙は迷うことなく、的確な答えを返していく。
五十音から、日本では名字の頭文字が早い順に並ぶ習慣があることも
どれも当たり前すぎて、いざ説明するとなると困惑しそうだ
「話は理解できました。しかし、問題点があります」
「どこでしょうか?」
「神は名字というものを持ちません。俺はただのツクヨミであり、君のように草薙といった単語はないのです」
「言われてみれば…」
そう言われれば、確かにそうかもしれない。神様に名字なんてあった方がおかしい話ではある
ツク・ヨミとかじゃだめなんだろうか
いや、それは流石にだめか
俺が一人でくだらないことに思考をまわしているとアポロンが意気揚々と発言をした
「そんなの問題じゃないさ、全然問題じゃない。君が僕らの名字をつければいいんだからね。そうだろう?」
アポロンにグッと寄ってこられた草薙は少し困りつつ返事をしていた
「本気ですか?そんなおこがましいこと……」
「人間のことは人間がよく分かっているはずだ。君以外には考えられないよ!彼は苦手そうだからね!」
「…確かに、彼はそのようなことは苦手そうに見えます」
まさか途中自分に振られるとは思わなくて思わず、ため息が出た
「はぁ…いや、確かに得意じゃねーけど…」
「当たったね!ツキツキ!当たったよ!」
「そうですね」
俺の横では未だ草薙が困惑の表情を浮かべていた
「…いんじゃねーの。名字つけるくらい」
「でも…」
「僕も君と同じように名字がほしい。君が僕のためだけに紡ぐ愛の名が……。それがあれば僕は頑張れる気がするよ」
「名字の案にはわたしも賛成だ。お願いできるかな?全員同じ意見だから」
なんだか、こっ恥ずかしいことをいっているアポロンとバルドルの意見を聞いて、ツクヨミも黙って頷いていた
こりゃ、草薙も断れないな。かわいそうに
「わかりました。皆さんがそこまでおっしゃるなら。では、入学式までに考えておきますね」
「その間にわたしたちは会場を整えよう。掃除をして椅子を並べればいいんだよね?」
「あともう1つ。生徒代表を決めてもらってもいいですか?宣誓の原案は私が作るので、それを誰かに読んでもらいたいんです」
「わたしたちの代表か……」
バルドルがそうつぶやいて、俺とアポロンとツクヨミを見る
ツクヨミは目を逸らしやがった。
俺は、真顔で手だけを嫌々と言うように振ってやった
俺の横では、やる気に満ちたような顔をしたアポロンが目を輝かせている
「やるやるっ!そういうの得意だから任せてよ!」
「彼では不安が残りますが……他に立候補もいません。任せることにしましょう」
「もぉー!ツキツキったら、随分なことを言うじゃないか」
アポロンは効果音をつけるなら、プンスカ!って感じで怒っていた
俺の幼馴染みたいな怒り方をするんだなと、たったひとつの、俺の居場所にいる人間を思い出してしまった
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