男前×泣き虫 | ナノ
・男前×泣き虫

夜に、溶けて溢れて光る







不動は強がる。
それは条件反射のようなものだと自分は考えている。
辛いかと聞けば平気だと言い痛いかと聞かれればこのぐらいどうってことはないと言う。
返ってくるのは正反対のことばかり。
だか、不動と親密な関係になって分かったことがある。
本当は、臆病で泣き虫なのだった。





「ごめ、きどうちゃ、ごめん、起こしてごめん」

「構わん……また怖い夢でも見たのか?」

「っく、うん……ふえぇ、きどうちゃあん」







不動はまた、怖い夢を見たと言って泣きながら俺の部屋へとやってきた。
抱きしめて、背中を擦ってやる。
ずびすびと鼻をすする音が胸元の辺りから聞こえた。






「ひっく…きどうちゃん……一緒に寝ていい?」

「ああ、いいぞ」





上目遣いになって俺を伺い見ながら不動は聞く。
何度、不動がこうやって俺のところにきても繰り返される問い。
そんな姿がかわいくて、目尻に唇を落とした。
あ、ちょっとしょっぱい。











俺が布団をかぶると、不動は隣にするりと潜りこんで、俺の腕の中に収まった。
首の辺りに擦り寄って鼻を鳴らす。
そうして今度は、すううと息を長く吸った。
もう一度、吐いて、吸って。






「ん、鬼道ちゃんのにおい」

「…どういう?」

「やわらかくて、安心するにおい」

「そうか」






何か妙な匂いがしたらどうしようかと思った。
柔らかい髪を撫でると、不動は心地よさそうに目を細めた。その姿が猫のようだった。
スッと指を頬へと滑らせる。
そのまま瞼を撫でると閉じられる目。
いつ見ても長くて綺麗な睫毛。
何気なく質問をする。





「今日はどんな夢を見たんだ?」

「それ、は……」




恐る恐る、といったふうに不動はぽつぽつと話しはじめた。





「昔の、夢」

「………というと?」

「その、父さんが会社クビになってさ、俺んち借金まみれになったんだよ」






不動の素性は、監督から少しだけ聞いたことがある。
不動がまだ幼い頃、家庭が大変なことになった、ということだけ。





「なにか怖いことでもあったのか?」

「―――っ!」






息を飲んで身体を強ばらせる不動。

鬼道はなんとなくだが、不動に昔何が起こっていたのか予想はついていた。
そしてそれが恐らく正しいこともうっすら感じていた。
不動は自分の過去に関わると、執拗に怯えるのだ。






「不動、」

「…っ!ごめんなさ…っ、ごめんなさいっ!」

「何で謝るんだ」






不動がかたかたと震える。
さっきまでせっかく止まっていた涙がまたぽろぽろ流れだした。
不動はそれを拭おうともしないで、ただ震えている。
鬼道はそっと指でぬぐった。
それにさえも不動は怯えているかのような反応だった。






「おれ、よごれてる、のにっ」

「不動」

「鬼道くんに、ふさわしくなんか、ぜんぜんない、のに」

「不動、」

「っく、ひっく、ごめん、なさ」
「落ち着け」






不動の身体を抱き寄せた。
昼間グラウンドで一日中走り回っているときには想像もできないぐらい、弱々しくて小さかった。
涙がパジャマ代わりに来ていたTシャツを濡らす。
ゆっくりと、あやすように背中を擦ってやる。
ゆっくりと上げられた瞳は、きらきらして透き通っていて、本当に、綺麗だ。

ひとつ息をつく。そうして不動の目を真っすぐに見た。

過去が全く気にならないかと言えばそうではない。
いつかは知り、そして全て受けとめてやりたいと思う。
今すぐだとか無理は言わない。
不動が話したいと思えたときに、自分も不動が全て曝け出せると思えるようにしたい。

要は傍にいたいということ、だ。






「汚れてるなんて、言うな」

「きどう?」

「ふさわしくないかどうか決めるのは俺だ

お前は、こんなにきれいなのに」





その瞬間の不動は穢れを知らない幼い子供のような、目だった。
ふるりと睫毛がゆれて、涙が一粒。
ああまた泣かせてしまった。






「き、きどう、くん」

「なんだ?」

「きどうくんが、いてくれてよかった」






俺はその言葉に瞬きを繰り返した。
きどうくんがいなかったら、俺はもうこの先ずっとひとりだっただろうから、と不動は言う。
まだ全部は怖いけど、ちょっとずつでいいなら、







「受けとめて、くれる?」

「……勿論だ」







すくわれた気持ちになった。
不動がもう独りではないと感じるようになったことが。自分がなにかしらしたことが、不動のためになったことが。

シーツの上にのった白い手を離れないように握り締めた。
それは確かな体温を持ってじんわりと、溶けた。













(お前がほんとうに幸せに笑って泣いたりできるような、二人になろう)













不完全燃焼(´・ω・`)