文章 | ナノ


ブルーライト



手に持っていた皿をよく掃除されたフローリングに叩きつけるとがしゃんと悲鳴にも似た音がした。
淵に青色のラインが入った少し大きめの平皿は自分の足元で粉々になっていた。


「不動!大丈夫か!?」


心配してすぐに来てくれる鬼道くんはやさしい。すき。
そそっかしくてごめんねえ、またお皿割っちゃった。
鬼道くんは、怪我をしていないならそれでいいさと笑ってくれた。
俺が片付けるよ、と言った鬼道くんの申し出はやんわりと断る。だってさあ、これ鬼道くんが片付けたら意味がない気がした。

鬼道くんは、人にもモノにも無自覚で執着する。
例えば今の皿。鬼道くんと付き合う前からあったそれは同じものが二枚あって、ああきっと前の彼女が置いて行ったものなんだろうな、って。
明らかに鬼道くんの趣味じゃないピアス、香水、服、花瓶エトセトラ。
床に転がして無くしたふり、落として割ったふり、ときには家にいないときにこっそり捨てたりもした。急に無くなっても気付かないならさっさと捨てちゃえばいいのに。
あの人からもらったゴーグルはさすがに奪ってしまってはかわいそうだから捨てずにそのままにしておいた。
そのなんだかんだ理由を付けて捨ててきたモノの代わりになるように、自分が持って来てこの家に置いた。
ひとつずつ、鬼道が執着した人の残骸が消えていって、少しずつ俺が鬼道にあげたものが増えていって。
それに喜びを感じてしまう自分は流石に、どうかしていると思う。
そして、そんなことをしても、鬼道くんを繋ぎ止めておくことはできないんだろうな、と思う。どうしたらいい?鬼道くんがいなくなったら、俺はいったいどうなってしまうんだろう?
ずっと焦がれてきて最近やっと実った恋。実をいうとこれが初恋で、こんなふうに誰かを好きになるのも、初めてだ。
恋愛の仕方なんか今までだれも教えてくれなかった。だから分からない。どうやって鬼道くんを愛したらいいのか、鬼道くんに愛されたらいいのか。


「どうした、ぼんやりして」
「ん、なんでもない」


気を抜いているお前なんて珍しいと、なぜか嬉しそうに笑って頭をぐしゃぐしゃにされた。
その笑顔ひとつで、ちょっと気分が晴れた気がした。
鬼道くんの手も表情も、まるで俺に魔法をかけているみたい。鬼道くんに触れられると息苦しくなって、でもすごく、ここにいてもいいいんだなあって思える。
多分、鬼道くんは気づいてる。俺がしていること、俺の気持ち。
それでもなにも聞かない、踏み込んでこない鬼道くん。俺の触れられたくない部分には決して触れないように上手に立ち回って。
その鬼道くんの優しさは、この気持ちの理由であると同時に、俺には少し物足りない。
いっそ俺のことなんか構わないで全部奪ってほしいのに。
外向きには常に毅然として堂々と立っているくせに、実はヘタレな恋人には無理だろうとは分かっているけれど。
俺は、大事にされている。その自覚はあっても不安になるのは、俺が本当の愛情が何かを知らないからだろうか。


「…不動」
「んー?」
「その、だな…」


名前をよばれたから曖昧に声を吐き出すと、鬼道の手が俺の手に伸びてきてぎゅうと握った。
鬼道くんの手は、すべすべしていて綺麗な手だ。傷もなく、伸びすぎていない形のいいピンク色の爪。まるで鬼道くんをそのまま表しているみたいだ。
対して俺のはやせすぎなせいで骨ばっていて爪は噛むから深爪だ。
鬼道くんとのそんな違いでさえ嫌になる。
お前なんかと鬼道くんは釣り合わないって、そんなの知ってるよ。でも好きになっちゃったんだ。そんなことまで考えて恋ができたらどんなに楽だったか。そういうの、理屈じゃないって身をもって知った。
身分違いの恋とか、よくある安っぽい話だなんて笑えない。むしろそういう映画とか見たら、共感してもしかしたら泣くまでいくかもしれない。そこまで乙女でも、ないか。


「指輪、買いに行かないか、一緒に」


あ、映画見なくても今泣ける気がしてきた。もう、鬼道くんったらいつも唐突なんだから。馬鹿、すき。