なあ鬼道くん、好きなんだけど。 長いまつげが揺れて、オレンジの光が揺れた。 夕日に照らされた不動明王は恋人の贔屓を抜きにしても美しかった。 ほんの数分、すこしでも早くバス停まで来て待っているのは、その分だけ不動と一緒にいられるから。 生活の小さな隙間の、この時間が一番恋人らしいのではないだろうか。 「なんだ、唐突だな」 「ん、」 どうしたと聞くと、別にと言って、俺は不動の横顔を見ることしかできなかった。 だって不動がそんなこと言うだなんて。 不動、と名前を呼んで指を絡めた。そうすると握り返してくれることに嬉しくなってもっと、強請ってしまう。不動、こっち向け。 この時間はいつもより少しお互い素直になる。 意地を張ったり、些細なことで口論したり、サッカーするのももちろん悪くないけれど。 緩く甘く流れる時間はこんなにも愛おしい。 マラカイトの光が弾けた。 手を伸ばすのに不思議と抵抗はなかった。 「鬼道…くん?」 不安そうな不動が俺はかわいくてしょうがない。 衝動に抗わず、後頭部に添えた手を引いて不動のフワフワした髪の毛に鼻先を埋めた。 びくり、と不動の身体が震えた。 そのまま抱きしめる。 女子ではないし、シャンプーなどに気を遣うようなやつではないのにいい香りだと思えるのは、きっと俺が不動を好きだからなんだろう。 声に出す代わりに、不動に擦り寄る。くすぐったいと言われようが気にしない。俺だって不動の髪が当たって顔がくすぐったい。 「…いいにおいがする」 「鬼道くん変態くさい」 くすくすと不動が笑って、髪の毛も合わせて細かく震えた。 「なあ、そろそろバス来る。」 「…嫌だ」 離れ難くてみっともないこと承知の上で不動にしがみつくと、また不動は笑った。 鬼道くんは甘えっ子だなーとか言いながら、あやすように頭とか、背中を撫でられた。 不動を家に帰したくない。寂しい、不動がいないと。 「ほら、鬼道くん、また明日」 不動に無理やり引き剥がされ、俺はちょっと泣きそうになって眉を潜めた。 それに不動は何の勘違いをしたのか拗ねるなよ、と言われた。お母さんに保育園においてかれる子供みたいだと言われた。失礼な、保育園児と一緒にするな。 「わり、でも、鬼道くんが駄々こねるのかわいかったから」 そうやってはにかまれただけで許してしまうんだから、俺は不動にとことん甘い。 恋愛はメリハリが大事だが不動がかわいいんだ、仕方がないということにしておいてほしい。 じゃあなと言ってバスに乗りこんだ不動の背を寂しく見送った。 (夕日の色がやたらと甘い色に見えたのは多分君のせい) |