novel | ナノ

愛情を咀嚼
※あきおちゃん吐いてます










たまらず、目の前の便器に胃のなかのものを吐き出した。
身体が受け付けない。食べ物も、この感情も。
頭では、整理がついているつもりでも受け入れるのはまだ難しいらしい。
とうとう何も出すものが無くなったから、出てくるものはもう胃液だけだった。
しっかり食べることは最近では諦めていたが、少し胃に入れただけでこれだ。
苦しくて、喉がひりひりして熱い。目は勝手に出てきた涙でぼやけていた。
若干目の前がぐらぐらとするのは、きっと食べていないせいだろう。




「っうえ………ぐ」




また新たに吐き気の波が襲ってきた。
便座に置いた手を握りしめるが、苦しさは去ってくれない。
さらに胃液を吐き出す。
いつになったら練習に戻れるのだろうか、と朦朧とする頭で考え始めた、そのときだった。




「ふ、うぐ………」

「不動、大丈夫か……?」

「―――――っ!?」




ドアの向こうから鬼道の柔らかな声がした瞬間、不動の肩が意志に反してびくりと跳ねた。
身体はこわばり、小刻みに震えだす。
ああ、こんなみっともない所を、よりにもよってこいつに。
なんなんだよ、練習中じゃん。俺がトイレ行ったの、気付いてたのか。
早くどっか行けよ。

鬼道の声を聞いたら、さらに身体が言うことをきかなくなった。

吐き気はすごくて息を吸うのもつらいぐらいで、冷や汗は出てくるし、心臓が激しく脈打つ。




「うぇ、おぇぇ…………」

「っ不動!?体調が悪いのか!」
「う、るせ、はやく失せ………うぅぅ」




ドアが激しく動く。まさかドアを無理やりこじ開けようとでもいうのだろうか。
ああ、やめて、こないで、お願いだから。

そんな思いも虚しく、いきおいよくドアが開け放たれた。
翻る赤いマントが、目に痛い。
不動、と必死に俺の名前を呼ぶ鬼道を見て、俺はとあっさり意識を手放した。
目が覚めたのは、自分の部屋のベッドだった。
目を開いて最初に見たものは、なんと鬼道だった。




「不動っ!」

「う、わー…鬼道ちゃん」

「なんだその嫌そうな顔は!」




しかめっ面で鬼道は、心配した、とだけ言った。
さっき気付いたけれど、俺の左手は鬼道に握りしめられていた。
なまあたたかくて、鬼道の体温だ、ああああ、キモチワルイ。
今すぐ放してほしい。




「不動、その」

「あぁ?」

「俺のこと避けてるだろう、最近。その頃からだ。具合が悪そうにしてたのは」




体調が優れなかったことも気付いてたのか。情けない。
鬼道はしょんぼりと肩を落として俯いてしまって、普段の偉そうな態度はどこへ行ってしまったのか、影をひそめていた。
何故か鬼道は悲しそうな顔をしてこれまた悲しそうな声で話し始めた。




「ごめん、そんなに、嫌だなんて、思ってなかった」

「は、あ」

「ごめん、ごめん不動。お前も、おとこなのに、ごめん、すきになって」




ふるふると震える声は今にも泣きだしそうだった。
気持ち悪いよな、とぽつりと鬼道はささやいた。
ああ、そんな顔させたくない、そんなこと言ってほしくない、俺だって気持ちは同じはずなのに。
それでも身体が拒絶してしまう。
理由もわかってるけど、自分じゃどうしようもない。
頭で処理してもどうにもならないんだ。




「きど、くん」

「ごめん、不動」

「謝んな、ばかやろ。」




襲ってきた気持ち悪さに耐えて、鬼道の手を握りかえす。
そのぬるさは、さっきよりは嫌じゃなくなった。
あんまり口がはやく動かないから、らしくないゆっくりした口調になってしまった。
そして思ったより優しい声が出た。
なんだよ、俺ってこんな声も出んのかよ。




「これは、お前とは関係ねぇの、勘違いしてんなよな」

「しかし」

「あと、さ、鬼道くんのことキモいとか思ってないから。鬼道くんのこと、嫌いじゃない」




今はこれしか言えなかった。素直な言葉なんて言えるはずが無かった。そんなことをすれば、また。
それでも、鬼道は分かってくれるんじゃないかと、思ったんだ。
ようやく吐き出した言葉は、なんとかすとんと腹に収まって消化できそうだ。
息を吐くと、鬼道は真剣な顔をしていた。




「本当か」

「うん。マジだよマジ」

「ふふ、なんだか説得力がないな」




ついに鬼道が笑った。
眉が下がる鬼道のこの笑顔が好きだった。
かわいい、って思ったらまたきもちわるくなった。




「あしたからは、頑張ってたべるから」

「手伝おう」

「ん、さんきゅ」




いつもは嫌いな鼓動のリズムが、少しだけ、好きになれそうだった。













わけわかめ、な仕上がりですね。
嘔吐企画様に提出