novel | ナノ






※鬼不前提鬼←佐久で風佐久






もう電気はとっくに、全て消えてしまっている真夜中。
なんだか寝付けなくて、風丸は自室を抜け出していた。
なんとなく、ぶらぶらしたい気分だった。
自分一人しか起きていないだろうと思って廊下を歩く。
ぐすり、ぐすり。
なんだか、鼻を啜るような音が聞こえた。
合宿所の玄関からのようだった。
あまりそういったものは信じないほうだが、お化けか何かかと一瞬思ったが、風丸は音のするほうへ歩いていった。
ぐすり、ずずっ。
そっと伺い見ると、玄関にはやはり人影があった。
その長い銀色の髪は、月明かりのせいか、神秘的に見えた。
なんで、こんなところに?

「佐久間…?」

「っ…だ、誰だ…っ!?」

佐久間はビクッとして振り向いた。
風丸だ、と言えば、佐久間はホッとしたように息を吐いた。
どうやら拒まれてはいないようだったので、佐久間の隣に腰を下ろした。
どうしたんだこんな時間に、佐久間は言った。
眠れなかったんだ、風丸は応える。

「佐久間は…どうしたんだ?」

風丸がそう訊くと、佐久間は俯いて黙り込んでしまった。
普段はっきりものを言う佐久間のそんな姿に風丸は驚く。
意外だな、と思った。こんな佐久間を見るのは初めてだ。
何か言いづらいことでもあるのだろうか。

「…きど、きどうが……」

「鬼道が、何だ?」

「やっぱり不動が好きだから……、って」

ずず、佐久間が再び鼻をすする。
ああ、そういうことか。
風丸は納得した。
佐久間は鬼道のことが好きだ。それは最近までほとんど言葉を交わしたことのない俺だって、気付くぐらいには。
佐久間の目はいつも鬼道を追っていた。
でも、鬼道はそれと同じくらいかそれ以上に、不動に好意を持っているようだった。
風丸は言う。

「つまりは振られた、と」

「ああ…ついさっき、な」

はぁぁ、と佐久間は心底疲れたようなため息をついた。
わかってたさ、と佐久間は呟いた。
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「俺、鬼道の一番には、なれないんだな、って」

鬼道が一番そばにいてほしいのは俺じゃないんだ。
くやしいなあ。
俺、ずっと鬼道の近くにいたのにな。
ずっとずっと、好きだったのになぁ。
そう言って佐久間はまた嗚咽を漏らす。顔を腕に埋めて、泣く。
そんな佐久間の頭を撫でてやる。さらさらと触りごこちの良い髪が指をくすぐる。
おずおずと佐久間は頭を上げた。

「か……ぜまる…?」

「眼帯、取れば?泣くのに邪魔だろ」

手を伸ばして、佐久間の眼帯を外してやる。
普段見えている赤い目と、眼帯の下から現れた色素の薄い、金色の目。
長い睫毛に縁取られたそれは、どうしようもなく綺麗で、

「きれいだ」

思わず口に出てしまった。
佐久間はぎゅ、と眉間に皺を寄せて、風丸の着ていたジャージを握った。

「……っく、かぜまるぅ……!」
ぽたぽた、透明な雫がきらきら光りながら落ちてゆく。
それを人差し指で拭う。

「泣いていいよ、苦しくなくなるまで」

泣き止むまで、いるから、と続けると、佐久間は言う。
ごめんなさい、と。

「なんで…?何で謝るんだよ?」
「迷惑、かけてる……ごめん」

ああ、もう、ホントにどうして。
目の前の華奢な身体を抱きしめた。
愛しくてたまらなくて、なんでか苦しい。

「いいよ、佐久間、平気だから」
俺も泣きたい気分なんだ。

無茶してまで必殺技の練習してる一生懸命なところとか、報われないとわかっていても今も健気にあいつのことを思い続けている一途なところとか、誰かに縋りたいくせに人に気を遣う優しいところとか
俺は佐久間の全部に惹かれているんだろう、多分。
だから苦しいんだ。
お前が他の奴を想って泣いているこの事実が。

ばかだな、今更気付くなんて。


泣きじゃくる佐久間を離さない、と言わんばかりに抱き締めて、風丸は気付かれないように嗚咽を噛み殺した。













新境地開拓大作戦そのいち