(あぁ、背中が痛い)
浮上してきた意識に重い瞼を開けると白い天井が視界に広がる。私の家じゃない。研究室でもない。ここは…
「病院…?」
疑問をそのまま口に出せばすぐ傍に居たらしいルークが大きな目を更に大きく見開いた。
「先生っ!せんせっ…っく…うぅ…っ」
「ルーク?」
「僕っ…!せんせ、が起きなくてっ…!心配、で…っぜんぜぇーっ!!」
ぼろぼろと涙を零しながら抱きついてきたルークを優しく抱きとめる。しばらくの間えぐえぐと泣き続けていた彼はどうにか落ち着くとベッド横の椅子に座り直した。
「えーと、ルーク。もう大丈夫かい?」
ずび、と鼻を鳴らす愛弟子に問いかければ大丈夫です!英国紳士ですから!と少しかすれた声で返された。もしかしたら私が起きる前から泣いていたのかもしれない。
「すまない。心配をかけたようだね」
「先生が無事ならそれでいいんです!」
まだ涙の滲む瞳で力強く言った彼の肩は小さく震えていた。
「ルーク。一体何があったのか教えてくれるかい?」
なるべく安心させるように優しく聞くと彼はちょっと待っててくださいねと言い病室から出て行った。
(一体、私の身に何が…)
バタン!と大きな音に肩がはねる。包帯の巻かれた腕から視線を病室の入口に移せばそこにはチェルミー警部とバートンさん。そして彼等を呼んでくれたであろうルークが居た。
「交通事故、ですか」
「あぁ。被疑者はジャック・アーノルド四十三歳、原因は飲酒運転だ」
警部の話によるとこういう事らしい。
あの日偶然あの道を走っていたアーノルドさんは泥酔状態で、たまたま居合わせた私を轢いた。残念な事に彼は即死だったがまだ息のあった私は病院に運ばれ一命を取り留めた。そして私は今日まで2日間眠り続けていたらしい。
「アーノルドの車は見事に大破していてな。生きてることが奇跡なくらいだ」
「無事でよかったであります」
警部に見せて貰った現場の写真は確かに酷いものだった。車は原型が解らない程歪み、へし折れた電灯が車の真上に落ちていた。その中で生きていられたのだから、確かに奇跡とも言えるかもしれない。
「じゃあ、俺たちは帰るが…バートン!」
「はい!であります!」
ゆっくり休めと一言残して警部は帰って行った。忙しい中私が起きるまで待っていてくれたらしい彼等に心の中で感謝する。
「…?ルーク?どうしたんだい?」
気付けばずっと黙り込んでいたルークに問いかけるが俯いたまま動かない。
「ルーク?」
黙ったままのルークが心配になりもう一度名前を呼ぶ。すると彼はゆっくりと話し始めた。
「あの、先生…警部達は黙ってたんですけど…現場にはアーノルドさんと先生以外の血液が残っていたらしいんです」
「え…?」
「実は警部が電話で話してるのを聞いちゃって…でも、そこに遺体はなくて、血液しか残ってなかったらしいんです」
不思議そうに話すルークの言葉が遠くに聞こえ頭の中にあの瞬間がフラッシュバックする。
大きなクラクションの音
白く光る視界
よく知ったぬくもり
『エルシャール!』
彼の、声
真実はどこに
(お願いだこれは嘘だと言って)