「おはようデスコール!」


「今日こそ話を聞いて貰いたいんだけど」


「紅茶を持って来たんだけど、一緒に飲まないかい?」



嗚呼、煩い



追い返した日から一週間。毎日飽きもせず訪れる男を最初は問答無用で追い返していたが、一向に諦める気配のない男に次第に面倒になり無視を決め込んでいた。


「デスコール、今日はレミに焼いてもらったスコーンを持って来たんだ」


今だって扉の向こうから聞こえる声を無視して新しい機械の設計図を描くために紙にペンを走らせている。


(ここの動力には何を使うか…)


「あ、あとミントティーも持って来たから一緒に飲まないかい?」


(……接合部には伸縮性の高い物を、)


「あまり甘くないものだから、君の口にも合うと思うんだけど」


ガリッ


音を立てて紙が破れる。紙を貫通したペン先から黒いインクが滲んだ。


(もう我慢ならん…!)


「鬱陶しい!」


ダン!と勢い良く机を叩き立ち上がる。扉の前でしつこく話がしたいだとか一緒に出掛けないかとか紅茶を飲まないかとか喋っていた男の声が止み、小さな声でうかがうように名前を呼ばれた。


「デスコール…?」

「中に入れ」

「え?」

「入室しろと言ったんだ。それ以上そこで騒ぐつもりなら追い出すぞ」


なかなか開かない扉に苛つきそう告げれば、慌てたようににガチャリと扉が開き男が顔を覗かせた。


「あ、お邪魔するよ」

「邪魔をするなら来るな」

「いや、えっと…そういう意味じゃないんだけれど…」


嫌味を込めてそう言ってやれば、困った顔をして弁解を始める男。


(なんなんだこいつは!)


わたわたと弁解し続ける男に相手をするのも面倒になりばすんとソファへ腰掛ける。


「あの、」

「座れ」

「あ、うん」


突っ立ったまま此方を見やる男に座るように促せば、目の前のソファにちょこんと座った。


「…………」

「…………」


無言。自分から話があると追い回して来たくせに無言とは、いい度胸をしている。何も喋りそうもない男に舌打ちをして此方から声をかけた。


「話があるなら聞いてやる。毎日付きまとわれるのは迷惑だからな」

「あ、えっと…」


ぱちくりと瞬きをした男は何かを考えているのだろうか。なかなか喋らない。そんな男に痺れを切らしておい、と声をかけようとした瞬間、僅かに伏せていた顔が持ち上がった。


「私と君は友人だったんだ」


この男は何を言っているんだろうか。友人?私と、この男が?


「私と、君が?」

「う…うん」


確かめるように聞き返せば、そうだと頷かれた。目線は外されているが、嘘をついているようには見えない。


「よく二人で紅茶を飲んだりしていたのだけれど…やっぱり覚えてないよね」


そう言って寂しそうに笑って見せる男に、確かにどこか懐かしく感じる。本当に友人だったからだろうかと思ったがどうやら違う。彼が部屋に入って来てから微かに漂うあの懐かしい香りが原因だ。


(これはあの、)


「紅茶の香りだ」

「え?」

「いや、気にするな。…それより本当に私の友人なのか?」


きょとんと不思議そうに此方を見る男にもう一度聞けば、結構深い付き合いの仲だったんだよと微笑まれた。


「医者から症状は聞いていたが…そうか。欠落したのは君の記憶だったのか」

「そう、みたいだね」


頭を強く打った影響で部分的な記憶障害が起きているとは聞かされていたが、まさかこんな断片的な欠落だとは思ってもみなかった。友人の彼の事だけ忘れていたとは。流石に申し訳なくなり謝った。


「すまなかった」


目の前で寂しそうに微笑む彼は私を心配して来てくれていたのだろうか。その顔には疲れが滲んでいる。友人なんてものに執着や関心はないと自負しているが、彼の寂しそうな表情は苦手だ。胸がずんと重くなる。本当に仲の良かった友人、だからだろうか。


「別にいいよ」

「しかし、私は君に切っ先を向けた」

「気にしてない」

「私が気にする」

「…じゃあ、そうだね」


一緒に紅茶を飲んでくれるかい?



そう言った彼はどこかで見たような笑顔のまま、私を見つめた。あんなに酷い仕打ちを受けたのに私を友人だと言った彼に、やはりおかしな奴だと思いながら、是非そうしようと笑い返した。






友人と記憶
(偶には悪くないかもしれない)


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