「おやすみ」
泣き疲れて眠ってしまったルークをベッドに運んで布団をかける。かぶったままの帽子を取って柔らかい髪を撫でれば、くすぐったかったのか小さく身を捩った。そんな様子にくすりと微笑み立ち上がる。窓から空を見上げればそこには綺麗な三日月が浮かんでいた。
「思いだすまで何度でも…か」
昨日ルークに言われた言葉を思い出す。もし私が君を忘れてしまったら、だなんて今考えればとても残酷な質問に小さな彼は一生懸命答えてくれた。
『先生がまた僕を…う、思い出してっく、れるように…ぼくは、何度だって、あきらめ、ません…っ!』
涙ながらにそう言った彼の真っ直ぐで澄んだ瞳に胸の奥に閉じ込めた筈の感情が溢れて私を濡らし、どうしようもないんだと勝手に結論付けて諦めかけた私の手は彼によって引き上げられた。
引き上げられた先にあったのは勿論一度逃げ出した酷く辛い現実だったけれど、今度は逃げずに受け入れる事ができた。
「私も、諦めないよ」
もう一度彼の柔らかい髪を撫で、彼を起こさぬように静かに部屋から出る。自室に戻り窓に向かえば、カツンと何かが足に当たった。
視線を落とし何かと見やればそこにはあの日見つけた彼の仮面の欠片。
(あぁ、そういえばさっき落としてしまったままだった)
床に転がったそれをそっと拾い上げる。そのままぎゅ、と握りしめれば、鋭く欠けた部分が肌に食い込み鋭い痛みが走った。
「…デスコール」
握りしめる力を緩める事もなくその痛みを受け入れる。
(こんなの、痛くない)
事故から目覚めた時の痛みに比べれば
彼に拒絶された痛みに比べれば
これから私が立ち向わなければならない現実の残酷さに比べれば
(全然、痛くない)
コト、と欠片を窓辺に戻し数秒前まで破片を握っていた手を見つめれば、浅く傷付いた掌が淡い月光に照らされた。
「私は誓うよ。デスコール」
傷付いた掌に視線を合わせたまま誓いの言葉を口にする。自分の覚悟を確認するかのようにゆっくりと、確実に。
「君が、私を思い出してくれるまで」
ぽつりぽつりと紡がれるその誓いは、誰に向けられたものではなく、私自身への誓い。何があっても現実から目を背ける事の無いように。また逃げ出す事の無いように。
「私はもう…君から逃げない」
最後に自分に言い聞かせるようにそう誓った私を、淡い月光だけが照らしていた。
傷に誓いを
(私はもう諦めない)