「今、何と言った」


いつもより低い声で聞き返す彼は不機嫌を通り越した表情をしている。あぁ、久しぶりにこんな顔の彼を見た気がする。


(といっても仮面で瞳は見えないけれど)


「デスコール、私は君が嫌いだよ」


感情をのせないようにもう一度言う。押し黙ってしまったデスコールの表情をちらりと横目で伺うけれど、仮面と帽子でよく見えない。


(少し、やりすぎたかな)


ねぇデスコール、と声を掛けようとした次の瞬間、座っていたソファの上で私は彼に押し倒されていた。


「デ、スコール…?」


びくりと押さえ込まれた肩が震えた。彼のしなやかで長い指が肩に食い込む。地味に痛む肩に顔を歪め早く事の真相を教えてしまおうと自分の真上にいる彼の顔を見上げるとそこには表情のない彼がいた。


「いたっ…ちょ、デスコール!」


彼の様子に焦った私は話を聞いてくれと言おうとしたが彼の形のいい薄い唇が開く方が早かった。


「そうか。なら私も本音を言わせてもらう事にしよう。私も心底君が嫌いだエルシャール・レイトン」


無表情で淡々と語る彼からはいつも私に向けられていたような優しさは欠片も感じられない。心臓の鼓動が跳ねるように速くなり、強く握られた肩がまた震える。目に涙が滲んだ。彼がそんな風に思っていたなんて知らなかった。知りたくはなかった。

肩を握っていた彼の手が解け離れていく気配に私は俯く事しかできなかった。


「では、これで終わりにしようエルシャール・レイトン。良い暇潰し程度にはなった。礼を言おう」


背後でぱたんとドアの閉まる音がした。彼はもう出て行ってしまったのだろう。そして彼が私を愛してくれる事はないのだ。もう二度と彼が私の名前を慈しむ様に呼ぶ事はない。

ぽた、と瞳に滲んでいた涙が粒になってオレンジシャツを深い色に染めていく。


(あぁ、何て最低な日だろう。少し彼をからかって嘘だよと笑っていつも通り一緒に紅茶を飲むはずだったのに)


上半身を起こし膝を抱える。よく二人で座ったソファは何時もより広く感じた。もう隣に彼が座る事はない。


「ぅっ…デスコ、ル…ッ」


(嘘なんだ。今日はエイプリルフールだから、ちょっと君をからかってやろうとしただけなんだ。本当は君が、私は、君が)


「君が…好きなんだ…っ」

「ふん、やっと言ったな」


バサ、と布が音をたてる。瞬間背中から温かいものに包まれた。耳元で響いたテノールは聞き慣れた彼のもので。振り返ればそこにはにやりと笑ういつもの彼がいた。


「う、ぅっ…で、すこーるっ…!」


もふもふとした彼の首元に顔をうずめれば耳元で短い溜め息が聞こえた。


「全く。私に嘘をついたお前が悪い」

「だ…だって今日は」

「エイプリルフールだろう」

「な、君っ…知って…!」


軽いリップ音がしたかと思うと私の涙は舐めとられていた。顔が熱い。彼はそんな私の様子を笑うと私の腕をほどく。


(どうしよう彼が居なくなってしまう)


そんな心配は無用だった様で彼は当たり前の様に私の隣に腰掛けた。


「あまり目を擦るな。傷になるぞ」

「、誰のせいだと…!」


さっきのは演技だったのかとか知っていてからかったのかとか自分だけこんなに不安になった事が悔しくて何か反論しようと口を開くが、すぐに塞がれる。数秒後に解放された唇は、随分と熱を持っていた。


「…あぁ、分かっているさ。エルシャールがこんなに泣いたのは私のせいだ。私は随分と愛されているようだ。」

「っ、もう君なんて知らないよ!」

「ふん、今更そう言っても照れ隠しにもならないな」


ニヤリと笑う彼はいつものデスコールだ。いつの間にか腰に回されていた腕に抱き寄せられてどちらからともなくキスをした。



「世界で一番大嫌いだよ」
(さぁ君に最愛の嘘を送ろうか)


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