月明かりが何もかもを照らした夜、一つの研究所が廃墟と化した。その廃墟で見つけ連れ帰った謎の男は、未だベッドの上で瞼を閉じたままだ。


「まだ目を覚まさないのか」

「はい。旦那様。余程衰弱しておられましたから、目覚めるまでにまだ時間がかかるでしょう」


コツコツと机を指で鳴らしながら尋ねるとレイモンドはそう答えた。


(たしかに男にしては軽すぎたが…)


あの研究所で行われていた実験について聞き出すつもりで連れて来たのというのに。目を覚まさないのでは情報が得られないだろうと執事に言えば、もう少し待ってみましょうと返された。

待つと言っても、昨日の夜からずっと待っているのだからもう起こしてしまってもいいのではないだろうか。元々私は気が長い方ではないのだ。待たされるのは好きじゃない。しかも、素性も知れぬ男の目覚めを待ち続けるなんて、論外だ。


「もう待ってられん。起こすぞ」


立ち上がり言った私の背中から小さな溜め息が聞こえたが気にせず男の眠るベッドに歩み寄り肩に手を掛けようとした、が。

それより先に男が薄く目を開いた。

目を覚ました男はむくりと上体を起こし周りを確認すると、ベッド脇に立つ私に気付いたのか顔を上げた。鷲色の瞳と目が合った瞬間男の肩がびくりと揺れた。


(ああ、まだ研究所だと思っているのか)


「安心したまえ。ここは私の屋敷だ。忌まわしき研究所ではない」


とりあえず警戒心を解く為にそう言ってやれば、男は疑いの目を向けてきた。その瞳からは警戒の色が滲み出ている。


(まぁ、当たり前の反応だろうな)


今まで鎖に繋がれて実験台にされてきたのだ。見知らぬ人間の言葉など簡単には信じられないのだろう。

だが、それでは困るのだ。警戒心を解いてもらわなければ、情報の一つも聞き出せやしない。いっそ実力行使をしても良いが、加減をするのは苦手なため、下手を打てば一つも情報を引き出せずに終わってしまうだろう。流石にそれは避けたかった。


「私はジャン・デスコールだ。昨日の夜君を研究所から救い出した」


恩を売れば有利に事が運べるだろうと考え救い出したという言葉を強調しながら言えば、男は反射的に自らの首に手をやった。


「…!」

「ああ。あの機械なら私が外しておいた」


ベッドサイドのテーブルの上に置かれていた首輪に目をやる。外した時に分かったがあれは心拍数や脈拍を常に計測する為のものらしかった。

私の言葉にテーブルの首輪を見ていた男ははっとしたように掛けてあった毛布をはねのけると何かを確認するように自らの足を触り出した。


(拘束が無いか確認しているのか?)


「心配しなくても私は君に危害を与えるつもりはない」


男の行動に疑問を持ちながらも安心させるためにそう言ってやれば、男は動きを止めこちらを見上げた。警戒心はだいぶ薄れたようだが、代わりに瞳には困惑の色が浮かんでいる。どうして自分を助けたのか疑問に思っているのだろう。

そんな男の様子に今なら上手く情報を聞き出せると判断し口を開いた。


「君の居たあの研究所で、何が行われていたのか教えてほしい」


できるだけゆっくりと安心させるように聞くが、男は俯き口を開かない。


(駄目か…)


しかしここで諦めるわけにはいかないのだ。情報が得られなければ連れて来た意味がない。


「私には君の持つ情報が必要なのだ。教えてくれるのなら君を守る事を約束しよう」


口を紡ぐ理由を研究所への恐怖だと判断しそう言えば、男は顔を上げ口を開いた。しかし数回開閉させただけで、その口から言葉が発せられることはなかった。


「おい、いい加減に」

「お待ちください旦那様」


いつまでも情報を吐こうとしない男に痺れを切らし、こうなったら実力行使だと男に詰め寄ろうとしたが、それはレイモンドによって制された。


「何だレイモンド。もう待たんぞ」

「ええ旦那様。しかし今の彼に何を聞いても無駄かと思われますぞ」

「何?」


訝しげに聞き返した私に向かって失礼します旦那様。と一礼したレイモンドは私に背中を向け男に問いかけた。


「声が、出ないのでございましょう?」


は?と眉をひそめた私の目の前で、男はこくりと頷いた。






目覚め
(前途多難ですな。旦那様)


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