03
* * * * * *
「ここは何処なんだぁーーーーー!!」
目が覚めてみると、そこには見知らぬクリーム色の天井。
窓はあれども、光も差さない。
それはそうだろう。
外の風景と呼べるものは、灰色のコンクリートの地肌が覗いているだけなのだから。
床は、いかにもワックスをかけたばかりのフローリングの輝き。
部屋は、今悲鳴を上げた少女が腰掛けているベッド一つが置かれているだけである。
ほぼ真四角の質素な部屋…というより監禁室に見える。
残された最後の希望《扉》は…?
「入口が、な…い…?」
申し訳程度にスリッパがちょこっと用意されていたが、それに気付かないで裸足のまま少女はベッドから降りた。
天井と同じ色の正面にある壁を叩いてみる。
コンコンなんて…生易しい音は返ってこなかった。
耳を押し当ててみると、壁の全面至る所、はたまた床から風が吹いているような、水が巡回しているような、よく分からない機械音がする。
隠し出入り口がないか、少女は一心不乱に探し回った。
「ふ、普通あるだろ。
…!
それとも…」
疲れ果てて、しばらくベッドに腰掛けて休んでいた。
そのおかげかどうかは分からないが、何を思い付いたか、少女は窓に突進した。
すぐに枠に手をかけ、開こうとするが鍵がかかっていたので開かなかった。
「あー!! もう!!」
イラつきながらも、かかっていた鍵を外すと窓を開ける。
誰かの歩く音アリ。
微風アリ。
部屋とは違う空気の香りに、思わずニヤリ。
案の定、コンクリートと窓の間には、人一人なら優に通れるスペースがあった。
窓の外に、恐る恐る顔を出してみる。
遥か上方に、天上の光の如く白い光が差し込んで見えた。
少女はそのまま裸足で、垂直にそびえるゴツゴツとしたコンクリートを両足で突っ張って上り始めた。
「いった!
…ま、負けてはいられない!!」
そう気合いを入れると、少女は一気に壁を上る。
足の痛みをこらえながら…
そうして、外に出られると思った時に、最悪な出来事が少女を絶望へと突き落とした。
格子状の網が出口をふさいでいるのだ。
しかも、ちょっとやそっとじゃ外せそうにないよう、ボルトで留められているようだ。
実際、持ち上げようとしたがビクともしない。
足も痛みで限界が近かった。
その時、目の前の格子に手がかけられていた。
瞬間、ボルトの頭が弾け切れる音と格子が歪む悲鳴が耳を覆った。
思わぬことに、驚いて体の力が抜け…
落ちた。
コンクリートでできた地面に叩きつけられると思うことすら、考えられなかった。
「おいで」
ふわりと体が浮く感覚がした。
「危ない所であったな」
「大事ないか?」
少女の手をとっさにつかんで、軽々と引き揚げた相手は少女を床に下ろしながらそう言った。
少女はそのまま、ぺたんと床にへたりこんでしまった。
少女が、キツく閉じていた瞼を恐る恐る開いてみると、目の前に相手の足があった。
白い足袋に青と見紛うばかりの紫の鼻緒の草履だ。
「お主、なかなか妙な場所から出てきたな」
その声に、ハッと思考が凍り付き、完全停止した。
金魚のように、たた口をパクパクさせている。
「お主、名はなんと?」
「…ヨ、リ?
……太陽の陽に里で陽里」
「陽里か。
拙者は、ロウエン。
竜に淵と書く。
リュウエンと読むと、竜泉とも呼ばれる古い名剣の名なそうな」
相手が質問し、それに答えたおかげで、思考能力が回復してきた。
ハスキーヴォイスの侍口調で話す相手を見上げると、陽里はまた驚いて目をしばたかせた。
竜淵の方も、不思議そうに見上げてくる陽里を見つめる。
実は、陽里は竜淵のことを見上げてから理解に至るまで誤った認識をもっていた。
服装は、普段着にはきわめて珍しい薄墨色の男物の羽織袴。
それに合わせた、藍染めの青の細い帯でくくられている。
灰色の髪に、紫の瞳。
顔は端正だが、少しコワい無表情さがある。
左口許にぽつんとあるホクロが印象的な…
女性だ。
明らかに、男物の服装で!
しかも!
声優ばりのハスキーヴォイスの持ち主が、女性だったとはにわかには信じられない。
けれど、そんな状況下でどうして性別が判断できたのかというと、袴から出た狐の尻尾の色が灰色だからだ。
この世界アースには、多種多様な種族がいる。
だから、ここからの説明は違うスペースに記すので気になる方はどうぞそちらを見てください。(長いので)
「それでは、陽里。
参るとするか」
「参るって、何処に???」
成人男性と並んでも全く見劣りしないであろう身長をもつ竜淵が、片膝をついて困惑したような顔で覗き込んできた。
兎耳族のアタシは、128cmと普通よりは低いことぐらいわきまえているつもりだ。
しゃがみ込まれても仕方ないけど…
竜淵がアタシよりまだ高かったので、腰を更に下げる様子は少し…ムカついた。
巨人かあんたは!!
「すまない。
184cmあるんだ」
184cm!?
狐尾族でもそうそういない高さだ。
そのうえ、目の前にいる相手は女性だ。
「…ぅげ!?
心読まれた!!」
「顔に出ている」
「そっ、そんなにぃ?」
竜淵の方はほとんど変わらない無表情で、コクリと頷いた。
顔に出やすい質なのは、自覚していたが、あまりにもタイミングが良過ぎて驚いた。
「そんなことより、ミーティングルームに参るぞ」
「ええぇぇぇ!!??」
言ったが早いか、陽里の隙を突くように、陽里を抱き抱える。
俗にいう、お姫様抱っこである。
抵抗しようともがくが、思った以上に力強い。
動けない。
一見細い腕も、しなやかな筋肉を纏っている。
伊達に男装しているわけではなさそうだ。
と、すぐに陽里は思い出す。
誰があの格子を破ったのかを…
さ、逆らわない方がいいかも…(汗)
静かになった陽里を抱えて竜淵は走った。
病院のように、上下左右全てが白い廊下だ。
景色が変わらないので分かりにくいが、結構なスピードが出ているはずなのに、不思議と体が揺さぶられることはなかった。
「足はまだ痛むか?」
「ふぇ?」
「無理はするな」
この時初めて、陽里は竜淵が抱っこの理由を理解した。
足のことを心配しているのだ。
確かに、痛いのは事実で、皮も少し破けてめくれたりもしている。
しかし実際は、心配される程の歩けない痛みはない。
血は出ていないし、ちょこっと擦り傷等ができているにすぎない。
でも、それなら抱っこじゃなくおんぶでも良かったはずだ。
そっちの方が、遥かにマシだ。
途中一度、エレベーターの中で下ろされると、足に包帯が巻かれた。
ついでに、スニーカーまではかされる。
どこから出てきたのかも、分からない。
「サイズは?」
「…包帯でピッタリ」
「それは良かった。
包帯を外したら今度買いに行こう」
「え!
ひゃああぁあ!!」
言うとまた、唐突に抱き抱えられる。
驚き過ぎて抵抗すらできない。
すると、到着音が鳴る。
エレベーターを降りたのは128階。
何の因果か、自分の身長と同じ数字だった。
それだけしか陽里は覚えていない。
[back] | [next]