〜弱い心と強い心〜
独り残されたミラー。
座り込んだ背後からは、さっきまで晴れていたのに、湿った空気と暗雲が忍び寄っていた。
生温かい風に、ゾクリと肌が粟立つ。
嫌な予感がする。
それが、いつも傍にいてくれた誰かがいない不安感からくるものなのか。
これから、訪れようとする何かに対してなのかは分からない。
独りは嫌だった。
知っている誰かの傍にいたかった。
いつも苛めてくる相手だって構わない。
彼らだって、根は悪くない。
でも…
身体は立ち上がる事ができても…
そこから、
一歩も踏み出せない。
踏み出そうとしているのに、
動けない。
足に、見えない何かが絡み付いてでもいるような…
「…ぃゃ…」
考えたくもないと、ミラーは頭を振って嫌な考えを追い出そうとする。
しかし、考えまいとする行為は、意識を高めてしまい嫌な考えが膨らんでゆく。
沈み込む足…
そして、身体は土の中に飲み込まれ、五感の全てが奪われる。
光の無い世界…
それは、死を意味する。
「…死ぬ?」
そして、既に錯乱状態のミラーは呟いた。
悪しき言葉を…
「…死…たい…?」
すると、生温かい風が耳元を掠めていった。
途端に、目の前が黒く…いや、自分の影で暗くなった地面だ。
いつの間にかミラーは、座り込んで両手をつく形でいた。
確かに、先程まで一歩も動けなかったまでも両足で立っていたはずだ。
「な…んで…!?」
動けない。
むしろ、無理に動こうとすれば地面に引きずりこまれそうな感覚さえある。
このまま倒れ込んでしまった方が、楽なのではという気さえしてきた。
『そうさ、さぁ…早く』
「………」
頭の中が霞み掛かる。
熱に浮かされたように、ぼーっとする。
視界はぼやけ、何も考えられない。
ただ、胸が軋むように大きく脈打っている音が聞こえる。
『さぁ…地の底へ…』
「…ぃやぁあああ!!」
叫んでいたのは、本能。
しかし、身体は既に自分の感覚から離れていた。
天と地の間に横たわった身体。
暗い空、灰色の地面、ざわめく森の全てが視界に収まっている。
どろりとした思念が、精神を食(ハ)んでゆく。
「た…すけ…て…」
「おい!手伸ばせ!」
『…ミラーさん!!』
目を開けると、そこにいたのは…
「よっしゃ!!
ネェちゃん無事かぁ!?
…つか、んな事言うとる場合ちゃうな
ほな、はよ逃げんで!!」
…え?
ミラーは、見知らぬ男性に背負われていた。
しかも、聞き慣れない言葉で話す人間…だと思う人物。
「ワイは、ガラスや!
ネェちゃん名前は?」
ガラスはミラーを背負ったまま、森を疾走していた。
ミラーを背負っていないとでもいうような速さで、波打つ地面を駆け抜ける。
まるで、ガラスには先程の魔物の幻覚魔法が通じていないようだ。
「ミラーです」
後ろから追いかけてくる気配に、身を強張らせながらも答える。
「ミラやんやな!
えろぉ別嬪さんやから、ワイが絶対助けたるさかい、安心しぃや!」
追いかけっこで遊ぶ子供のように快活に返される言葉に安心感を覚えて、素直にガラスの話し方を不思議だとクエスチョンマークを浮かべる。
「?
あ、はい、宜しくお願いします」
「あ?ちょびっと分からん系か?
う〜ん、どしよ?
ワイは、こっちのが楽なんやけど、こないな別嬪さんやし、サービスしとくわ♪」
「???」
「行くでぇ…ってちゃうちゃう!
ミラ様急ぎますので、舌を噛まないように、お気を付けください!
私が絶対助けてみせますので…っちゅう事やな!」
そう言って、走って何とか魔物を振り切ったガラスに、ミラーは呆気に取られていた。
「はぁ、はぁ…ちょびっとお疲れさんですわ…
いやぁ…振り切れたっぽいし陣の内やから…安心やぁ」
相当走ったにしては、ほとんど息が乱れていないガラスは、ミラーを降ろし、わざとらしく「運動不足やぁ」と深呼吸する。
ふいに振り向く。
黒髪に紅い瞳というミラーを見たガラスの容貌は、肩に少し着く程度の長さのはねた金髪に銀灰色の瞳。
着崩した燕尾服が、この森には不釣り合いだ。
「うん?どしたん?
…安心…でけんか?」
ガラスは、不安そうなミラーの顔を覗き込んでから、そのまま流れるように動くと、優しく耳元で囁いて抱き締めた。
背中を優しくぽんぽんっとする。
「よしよし…飴ちゃんやるから、安心しぃや」
そう言いながら身体を離すと、握っていた掌から包み紙に包まれた飴玉が現われた。
目を丸くしながらガラスを見上げると、得意気に笑う。
「ビックリしたやろ!
ワイは夢追い人のガラス・ディスガイズ!
今は手品修行中の、未来を信じる男や」
「未来…?」
飴玉を受け取り、服に忍べると不思議そうにガラスを見た。
「そや!努力すれば、人は未来を変えれるんやで!
変えられん未来は、必然や予定調和やない…想いの強さで勝たれんかっただけや。
だから、ワイは努力して全部のやりたい事叶えるつもりや。
最終的に、皆ぁ喜ばすっちゅうのが夢なんや!」
にこにこしながら夢を語るガラスが、ミラーにはスポットライトでも浴びているように見えた。
「ふふっ、ガラスさんって何だか役者さんみたい…面白い」
「役者かぁ。
役者もええなぁ…そや!
こないに面白いゆわれるんなら、ワイ、役者やろ!
よっしゃ、決めたでぇ!」
「悩まないんですか?」
そんなに簡単に、なりたいものを増やして大丈夫なのかと、ミラーは首を傾げる。
「ワイは悩めるくらい繊細やないし、考え事って苦手やねん。
3分経って答えが出ん問題は、一生出ん気がするし…あ、ヤバっ頭ぐるぐるなるわぁ」
大袈裟に頭を抱えて地面に倒れてみせるガラスに、ミラーは笑い声を漏らし、それを聞いたガラスも笑う。
「さぁ〜てと、ワイちょびっと友達探さなあかんから…」
『彼女を一人にした結果がこれですか?』
「え!?白いのの知り合いやったんか?」
森の中を数時間探し回り、ようやく見付けた銀狼に威嚇されながらも、無理矢理死神を起こした張本人は、軽い口調でそう言う。
そして、馴々しく触ろうとした。
『つっ!…触るな!鬱陶しい!』
「キレるなや〜。
そない、手負いの獣みたいに〜」
まるで、分かっているかのような暗喩に苛つきながらも、肯定する言葉としてある生き物の名前を口に出した。
『…カメなんですよ…』
「はぁ?
…そこらへんフヨフヨしてるやろ?アイツらは?」
この世界では、浮遊する亀がいる。
略して、カメと呼ぶ存在だ。
『カメなんて…カメなんて…あぁっ眠い眠いと煩いですね!』
「ねむねむゆうんか?
そのカメ?
ねむやんやな!
で?ドコにおるん?」
『…無知って気楽ですね。
…っ!?』
嘲るように呟いた後に、身体からすっと何かが抜ける感覚がした。
そして、いつの間にか目の前に、紫の長髪の女性が現れていた。
「ん?
おぉっ!!
ねむやん別嬪さんやん!!」
「ねむ…」
聞き取れない程の囁き声を上げた後、そのカメはガラスに抱かれたまま静かな寝息を立て始めた。
「よしよし…
このコは任せといてや♪」
『…
全てが思い通りになるとは、考えない事ですね…』
どうしてガラスにだけ思い通りになる世の中なんだと、悪態吐きながら、死神は銀狼にひらりと腰掛けた。
「あははは!
ワイは、アホやから!
白いのの言ってるコト分からんわぁ♪」
『馬鹿が…』
それは、銀狼を一撫でし、駆けさせた瞬間に残した言葉。
「ああ!!バカはなしやろ!!
ワイ、アホは許せてもバカは許せんで!!」
後ろから追いかけてくる怒声に、死神はやはり『馬鹿だな…』と呟いた。
《おしまい。》
++あとがき++
いやぁ!
皆ぁ、ワイと初めてやなぁ!
これからよろしゅうなぁ!
…っちゅうても、話変わるんやけど、あんさんらの何人かとは会ってんねん!
きぃついっとった?
ぃやぁ、役者になったワイの姿を何人かは見てくれてるはずやんな?
ワイ、カメレンジャーに出てんで♪
…読んでるけど分からんとか無しやで?
ワイ、分かるか?
ちょび格好は違うから分からんかなぁ…髪ん色も目の色もちゃうからなぁ…
敬語やなくて、このままの喋りで活躍してんで♪
分かる?よっしゃ、あんさんにはワイとっときの飴ちゃんやるわ♪
byガラス
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