〜器(ウツワ)〜


『…暇だ…』

中性的で鈴の音のような美しい声が、今回は曇っていた。

『…何故だ?』

そのモノは、布を被り、鎌を持っている。

『銀(シルバーン)…君の所為ではないのですよ』

恋人にでも語りかけるような甘い声で、語りかける相手はというと、持っている大鎌だ。
柄の部分の長さだけで3mはある。
刃渡りも1mは超えているだろう。

『ただ…
雑魚なので、君の美しい声に聴き惚れて昇天してしまうのです…』

目深に被っている布は、血のように赤い色をしている。
先程まで、鮮血の雨でも浴びてきたかのような妖艶な色だ。
際立つのは、布からのぞく白磁のようなきめ細かい白い肌と艶のある白髪。

『こんなに暇だと“禁忌”でも犯したくなりますね』
「“禁忌”って何ですか〜?」

木と木の間から、顔だけを覗かせて声をかけてきたのは、濡れたように黒い艶やかな髪の長い女性だった。
紅い宝石のような瞳が印象深い。

ミラーだ。

「あっ!
また…ですね
ごめんなさい。
こんにちわ、しにがみさん」

『こんにちは、ミラーさん。
…おや?
何か話したい事でもあるんですか?
そういう風を纏っていますね』

「そうなんです!
今、この森にはハンターさんが…」



『やぁだぁ!
あの娘、死神にまで話しかけてるわよ!』
『イイんじゃんねぇ!
忌まわしい存在同士だしぃ!』

ミラーの肩が震えた。
木の枝の上に現われたのは、下位の天使と悪魔だ。
死神は、ただ押し黙っていた。
天使は、クスっと笑うと手の中に火球を作り出し、悪魔に合図する。
悪魔も、『おけ〜』っとふざけながら呟いた後、小さな竜巻を手の中に作り出した。

『ファイアー…』
『ストーム!』

同時に放たれた火球と竜巻は合わさり、炎の竜巻を作り上げた。

「きゃぁ!」

真直ぐに竜巻はミラーに迫った。
しかし、死神が鎌の柄を地面に軽く打ち付けると、竜巻は掻き消えた。

『ヤるぅ〜!』
『こっちも、マジじゃないからじゃ〜ん!』
『キャハ。
でもぉ、赤い死神に黒い天使なんて、お似合い〜!』
『レアじゃ〜ん!』

ぺちゃくちゃと喋る様子は、まるで煩く飛び回る妖精達でも相手にしているようだと死神は考えていた。
ふと、目の前にいるミラーを見てみると、俯いた顔は青ざめ、口許は震えていた。

「ぇと…
ごめんなさい!」

そう小さく叫び、そのまま駆け出そうとするミラーの腕を掴む。

『ミラーさん!
待ちなさい…』
「ごめんなさいゴメンナサイ…」

掴まれた瞬間にミラーは座り込んで、空いているもう一方の手で顔を覆った。
一種呪いのように繰り返される謝りの言葉は、死神には誰に対してなのか分からない。

『落ち着きなさい!
ほら。
君の目に、私はどう映っているのか教えてください』

しゃがみ込み、フードで隠された目線を合わせる。
死神は、ゆっくりと穏やかな声でそう諭す。

「全身真っ白です…
銀のカンテラ持ってる…」

まるで、眩しいモノでも見るように、ミラーは目をすがめている。

『何言っちゃってるの〜?
あの娘また変な事言ってる〜!
キャハハハ!』
『血の色が見えないん?
銀のカンテラ〜?
鎌だよ鎌ぁー
アハハハ!』

そう、笑い声を残して去っていった。

「違い…ます…か?」

諦めたような震える声。
氷が割れる前兆のような、弾ける音が聞こえてきそうな空気。

『違いはない。
そこまで見えているのなら…、君は…目が…』
「…?」

今まで、紅い瞳だとしか思わなかった瞳に、吸い寄せられる感覚。
反射的に目を逸らそうとすれば、激しい目眩がした。

『うっ!?
…誰だ
…貴様ミラーじゃなっ…
ぐっ!』
『………』

精神体の器でなかったから、簡単に壊れてしまう程の力で精神をこじ開けられる。
並の者なら、この時点で存在を掻き消されてもおかしくない質量が侵入してくる。

『止めろ!
勝手な事…を!』
『………』

頭の中に直接響いてくる声は、言葉ではなく感情のみで一方的だ。

『入るな!
私に入って…くる…な』

呼吸が止まりそうになる圧迫に苦しさを感じた。
本来、呼吸をしなくても死神は窒息しない。
声を発する為に用いているに過ぎないからだ。
それなのに、今は息苦しい。

『……る…』
『っ…なっ…に?』
『…ねむる…』

何者かは、一言そう呟いて意識を手放したようだった。
途端に、ミラーの身体が倒れ込んできて、支えきれずそのまま一緒に傾く。
しかし、身体は倒れきる前に何かフサフサとした柔らかいモノに支えられた。

『銀(シルバーン)か…少し“器”に…』

混濁した意識の中。
霧散させない為に精神体を、肉体かまたはそれに準ずるモノに移し身する。
移し身の対象は、銀の大鎌。
苦しそうな声を最後に、死神の姿は見えなくなった。



「…ん…しにがみさん?」
無意識に抱き着いていたモノをよく見てみる。
銀の毛並みを持つ獣だった。
穏やかな銀灰色の瞳と目が合う。

「う〜ん…
どこかで会った事があるような…むむぅ…」

見た覚えがあるのに思い出せない。
そんな考えにとらわれていた。

「あれ?
いなくなっちゃった…」





空気が変わる。
暗雲は忍び寄る。
飛べない鳥は、夢の中。
まどろみの中でも壊れていく。
それは、緩やかな劣化。
確実に迫る、破滅の旋律。
それなら、暗雲に包(クル)んでいこう。
飛べない鳥は、壊れてしまいたいと望んでしまったから…


“禁忌”とは…
死神は、生者の魂を刈ってはいけない。

天使は、自ら死を望んではいけない。

ケガレてしまうから…





《おしまい。》





++あとがき++

うっ…
“内”に入られた…
怠い・重い・気分悪い…
…大丈夫か?だって?
あぁ…そうですね…
すこぶる最悪な気分です。
“外”なら摘み出せたものを…
ふざけている。
これ程格違いなら、身体ぐらい造れるだろうに。
…銀(シルバーン)の頼み…
少しの間だけ…

…意識が…
眠りに引きずられ…る…
許されるなら…銀(シルバーン)…
音の夢に…

by死神



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