ぐらり。 琥珀が揺れる。 「…どうぞ、ごゆっくり」 わざと冷たく吐き捨てれば、目が大きく見開かれて、次の瞬間じわりと滲み出したそれ。 けど、最後まで見届けずに乱暴に扉を閉めた。 「っくそ…」 やりきれない想いが、心を黒く染めていく。 どうしようもなく苛ついて、近くの壁を思いっきり殴った。 悔しい。ルーシィがオレを避けていることが。 オレじゃなく、グレイを必要としてることが。 「何でオレじゃねぇんだよ…」 なんだか心にぽっかり穴が開いたような、そんな虚しさが身体中に広がって。 次いで襲ってくる寂しさに奥歯をグッと噛み締めた。 「っ何が仕事の話だ!何が相談だっつの!あんなんっ…」 ただの、口実じゃねぇか。 「〜っ!!」 感情のまま、もう一度壁を殴り付ける。 痛みなんて感じない。 それよりも、身体中を支配する黒いもやもやが腹の奥底でぐるぐると回って気持ちが悪い。 「ちくしょう…」 何で、グレイなんだよ。 何で、オレじゃなくてグレイなんだ。 不意に、今日のギルドでのことが頭に浮かぶ。 見慣れた金髪と、氷野郎とハッピー。 リクエストボード。 …重なる、影。 「っ…!」 ズキ。 まるで針を突き刺したみたいに鋭い痛みが左胸の奥を襲う。 まさかと思った。 絶対に違うと分かってても、心がざわめく。 ルーシィはそんなことしねぇ、と。 オレがいるのにそんな、グレイとなんかって。 なのに、勝手に脳内で描かれる映像は2人の唇が重なる瞬間で。 咄嗟に叫ぼうとした声は、顔を上げたルーシィの表情にかき消されるように喉の奥へと押し込まれた。 「え…」 何で、笑ってる…? 視線の先には、頬を赤く染めながらグレイへと笑いかけるルーシィの姿があって。 つか、何で、笑えるんだ。 そんな、照れたように、でも晴れやかに。 満面の笑みで…何で。 「…ナツ?どうしたの?」 「…んでも、ねぇ」 「でも…、なんだか、泣きそうだよ?」 「っ…」 泣きそう、なんてリサーナに言われるほど情けない顔してんのか、オレは。 それでも視線は逸らせなかった。 恐る恐る3人を見つめる。 リクエストボードの前にいるルーシィの横にはグレイがいて。 ハッピーも、当たり前のようにルーシィの腕の中に収まってて。 そんな、どこか自分とダブる映像に、背筋が凍る。 数ヶ月前まであったオレの居場所が、今やもうどこにも見当たらない。 それでも認めたくなくてルーシィの家に向かえば、偶然目撃してしまった、グレイとの約束のシーン。 そして、ルーシィの拒絶。 何で、オレはダメなのか。 グレイは良くて、オレは、どうして。 立っているのがやっとなほどの衝撃を食らう。 心の奥で何かが壊れたような気がした。 「く、そ…」 思い出したくないのに、思い出してしまう映像に、ぐっと奥歯を噛み締めて耐える。 顎が痛くなるくらい、強く。 そうでもしないと、溢れてしまいそうだった。 自然と熱くなる目頭に浮かんだ…悔し涙が。 ズルズルと壁伝いに座り込む。 辺りを見回せば、いつのまに帰ってきたのか、見慣れた我が家の見慣れた風景が映る。 けれど家の中に入る気も起きず、足を抱え込むように踞って、ゆっくり息を吐いた。 「…もう、嫌だ…」 この痛みを誰か消してくれ。 こんな悔しさも怒りも寂しさも、全部。 全部、全部消し去ってくれ。 「もう、思い出したく…ねぇ、のに…」 それなのに目を閉じたって何をしたって、金髪が脳裏をちらつく。 記憶の中のルーシィは、オレに笑いかけながら、ナツってオレの名前を呼ぶ。 そんなルーシィの笑顔が好きだった。 眩しくて、見てるこっちが楽しくなるような、そんなルーシィの笑顔が、大好きだった。 けれどそれはいつのまにか、どこか壁を感じるものに変わってしまって。 気づいてたのに、どうすることも出来なくて。 「…ああ、そうか」 …怖かったんだ、オレ。 核心に触れることで、ルーシィに嫌われちまう かもって。 嘘の笑顔でも、もう笑ってくれなかったらって。 それが怖くて、ルーシィから逃げて。 甘やかしてくれるリサーナに頼って。 「…最悪だ」 最悪すぎて、何も言えねぇ。 「…ナツ?」 俯くオレに、聞き慣れた声が響く。 何で、分かるんだよ。 オレが弱ってるって、昔から、いつも。 「だって…ナツの幼なじみだもん。わかるよ」 逃げるように背を向けたオレに構うことなく、隣に座ったリサーナが、ふわりと笑う。 全てを知ってるかのように。 ゆっくりと、優しくオレの頭を撫でる。 「だから……側にいるよ。ずっと」 「っ…」 「ナツが嫌って言うまで、離れないんだから!」 …オレはずるいかもしれない。 こうして隣にいてくれるリサーナに、その言葉に、また甘えようとしてる。 「リサ…ナ…」 「…ん?」 「…助けて、くれ…」 「ん…助けてあげる」 そう笑ったリサーナに、心が締め付けられる。 それでも、この痛みから逃げれるならとゆっくり同じ目線で揺れる銀髪に手を伸ばした。 触れる瞬間、何故か銀髪が金髪に変わったように見えて。 最近じゃ滅多に見なくなったリボンを脳内で描きながら、あれ結構好きだったな、なんて考えながらそのまま髪に指を絡めて引き寄せる。 最後に、ごめん、と呟いてオレはゆっくりと目を閉じた。 ああ…オレは最悪だ。 ―――――――――――――――――― 無意識に、重ねる幻像。 側にいないことに気づいていても、壁を感じて無闇に近づけないナツ。 続きます。次はルーシィside。 → ← → |