ある日常における非日常



「ちーっす、待ったかい?」
「おっせーよ。五分遅刻とか死活問題だろ」
「カンベンカンベン、マックおごるわ」
「言ったな。じゃあビッグマック」

ショッピングモール前で、男子高校生が待ち合わせをしていたらしい。一方が軽い調子で遅れてきた方をいさめていた。

「ところでさー、例のモン。忘れてきたとか言ったら殺すぞ」
「だからそういうのはオブラートに包めっての。周りに人もいるんだからよ」

遅れてきた方が真顔で(ジト目も含まれている)話を切り出す。先に来ていた方は大げさに形をすくめながらバッグの中を探る。

「ほい、例のモン。これ、調べるの苦労したんだぜ。ビッグマックにシェイク足せ、シェイク」

先に来ていた方は、真新しいUSBを差し出した。
遅れてきたほうはそれを受け取り、自分のバッグの中に落とした。

「今はシェイクがセール中だから許そう。で、こいつの信憑性は?」
「まあ五分五分かなー。俺んとこのできる限りでやってみたけど、このあたりが限界。その辺はあとでメールがくると思うぜ」
「りょーかいりょーかい。じゃあ解散てことで」
「おいまて俺のビッグマック」
「……わーってるよ、さっさと行こうぜ」

遅れてきた方はチッと舌打ちをしてさっさとショッピングモールに入って行こうとした。そこで、先に来ていた方の携帯が鳴る。どうやら電話のようだ。
先に来ていた方は尻ポケットに入れていた携帯を取り出すと耳に当てた。

「はいもしもーし。……うん、ちゃんと渡ったよ。………ああ、そっちもうまくいったのね……うん…………うん……えー、俺のビッグマックがー。……ちぇー、分かった分かった。じゃあ十分くらいで着くからー……うん、じゃね」「なに?召集?」

電話が終わったところで遅れてきた方が訊いた。

「そうっぽい。終わったらはよ戻れって。あー、俺のビッグマックプラスシェイクが」
「はいはいドンマイドンマイ」

遅れてきた方は先に来ていた方の肩をたたいた。満面笑みである。

「人事だと思いやがってよ」
「人事だもんよ。俺みたいな下っ端の取り分なんて少ないんだから助かったわー」
「くっそー、次会ったら問答無用でおごらせるかんな!」

悔しそうに言って、先に来ていた方はその場をあとにした。
残った遅れてきた方は自分の携帯をとりだすと、電話をかけた。

「もしもしー。うん、こっちの方はちゃんと受け取りました。じゃあ戻りますね。……え、嬉しそう?いやー、ビッグマックおごらずにすんだんで。うん、こっちの話」

遅れてきた方は電話を切ると、その場から足早に立ち去った。


















さて、ここまでで分かっていただけただろうか。

この一連の会話が、世界を揺るがしかねない裏の大企業と国際的秘密組織とのトレードの内容だということに。

今回、彼らが受け渡したのは簡単なパスワードだった。そんなに長ったらしくなく、まさに、USB一本あれば十分な内容だ。
しかし、だからこそわかりにくく、裏の方まで根回ししなければ分からない内容だった。

国際的秘密組織は、手付け金として全報酬の三割(それでも大変な額である)を払った後、今日のトレードとなった。

もちろん、大金や大きな物品を運ぶ場合、どこか特別な場所を指定する必要がある。
だが今回、運ぶのは小さな記憶媒体である。

あまりに機密性を重視しすぎると逆に目立つ。
例えば、誰にも聞かれたくない会話を、誰もいない公園でするのとある程度ざわついている喫茶店でするのとでは、もし偶然聞かれてしまったとき、後者の方が記憶に残りにくい。
ある程度自然なものには、周りは注視しない。

もしも先ほどのトレードが郊外の空き倉庫で行われていたとしたら、どんなに不自然だろうか。

男子高校生がUSBというめずらしくもない記憶媒体を交換する、その程度のありふれた光景は、一般人から注視されることなどないに等しい。

だからこそ、今回のトレードはこの手法をとられた。
より自然な運搬方法をとったのである。



end



最後のこじつけをもっとスタイリッシュにしたかったです。

友人がたかが部室の鍵(番号を合わせて開けるタイプ)の番号を教えるのにえらい神経を張るんです。
だれがこんな女学生の会話に出てきた番号をわざわざ部室のありかまで調べて試しますかい。
あの手の鍵が大学構内にいくつあると思っとるんだ。いっそそんな神経張ってた方がバレやすいわ。

そんな話。



back



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -