the ordinary day



分かってた。
どんなに辛い現実でも、それしか、この世にないんだって。




















いつも通りに起きて、いつも通りにご飯を食べた。いつもなら学校に行くのだけど、今日は休日。休日のいつもは、少しゆっくりして過ごす。
アイチは変わりないこのいつも通りをとても大切にしていた。変わったことはとても楽しいけれど、それはいつも通りの日常があるからこそだと、知っていたからだ。
食器の片付けを手伝うアイチに、エミは洗い物を拭きながら声をかける。

「アイチ、今日もどこかに行くの?」
「うん」
「カードキャピタル?」
「そうだよ」
「宿題は」
「今日の分はもうやったよ」
「あら、偉いわね」

母さんが笑いながら言った。なんだか嬉しそうだと、アイチは思った。

「前は、エミに見てもらわないとやらなかったのに」
「母さん、僕もう三年だよ。それに、エミったら先に宿題やらないとブースターさえ買わせてくれないんだから」
「宿題してから遊ぶのは当然でしょ」

エミは少しツンとしながら言った。そんなエミから最後の食器を受け取ると、アイチはそれを食器棚にしまって言った。

「じゃあ、一回部屋に戻るね。出かける準備しに」
「忘れ物、ないようにね」
「分かってるよ」

苦笑しながら、アイチは階段を上っていく。そんな兄の背を眺めながら、エミは少しだけ不安そうな顔をした。






部屋に入ってラックにかけてあるウエストポーチを取ると、アイチはまず余分なものを取り出すことから始めた。昨日、外出したときのまま中のものを入れっぱなしにしていたのだ。あまり容量がある方ではないし、いらないものは置いていきたい。
カッターと鋏と、赤いタオルを取り出して、アイチは少し顔をしかめた。ポーチにすこし臭いがついてしまった。いやだなあ、お気に入りなのに。
カッターと鋏を机に置くと、丸まっている赤いタオルをそっと開いた。
アイチは嬉しそうに笑った。

「……櫂くん」

呟く声は恍惚として、そこだけ世界が切り取られたようだった。
どんなに辛い現実だろうと、それしか、この世にはないのだ。だから、逃げることは許されない。
だから、アイチは、手に入れることに決めたのだ。
向こうが受け入れてくれないならば。
こっちが奪ってしまえばいい。
アイチは、時間が経って艶を無くしたそれに口付けた。
それは、長い指だった。



end



アイチくんをシカトし続けるとエンコ切られます。

ちなみに英文は「日常」
アイチくんがヤンデレ全盛期のころに癒やしを求めて書きました。先導家の日常ってほんわかしてそう。
だからこのオチはほんとうにどうしてこうなった。



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