ハッピーバースデイ
ジャベリンが誕生日はいつか聞いてきたから、今日だと答えた。
「え、今日!?」
「ああ、今日」
ジャベリンは大げさに驚いているが、俺はなぜそこまで驚く必要があるのか分からない。生まれた日なんて、別に特別でもなんでもないだろうと思う。
そう言うと、ジャベリンはそんなことないと言った。
「せっかく何か買おうかと思ってたのに!」
「別に要らねえよそんなの」
「わたしが差し上げたいんですよ!」
大の男が掃除機を片手に頭を抱える様はかなり滑稽だった。いつも部屋を掃除してもらっているが、こんなジャベリンは初めて見るかも知れない。
俺はと言えば、邪魔にならないようにソファに足まで上げて文庫本を開いていた。
「俺の誕生日なんか誰が祝うっつーんだ」
「みんな祝いますよ、私だけじゃなく」
「別にいらん」
「そんな言わないでください」
「だって今日は、アイツの誕生日だ」
ブラスター・ブレード。俺と双子の兄弟であり、聖剣に選ばれたただ一人の男。
祝福されたのはいつもアイツだった。表に出されることの無かった俺は、いつもその陰に隠れていた。
だからか、いつの間にか自分には何も価値などないと思うようになった。
なぜ俺だけと、ひねくれていただけかもしれない。そう思うと、なんだか情けなくなった。
背もたれに向き合うようにしてソファの上に寝転がる。
「俺は、祝われなくてもいい」
そう言って、開いた文庫本に集中しようとした。目は活字をなかなか捉えることができなかったが。
掃除機の音が止まった。背後にジャベリンが来て、膝をついたのが分かった。俺はそれを無視して文庫本に目を向ける。
ジャベリンが背中に話しかけてくる。
「ダーク様」
「……」
「こっち、向いて下さい」
「…………」
「ダーク様ってば」
「…………」
ことごとくジャベリンの言葉を無視する。拗ねた子供みたいだ。けれど、今更答えるのも嫌だった。
「……ったく」
ジャベリンは痺れを切らしたのかそう言って。
背後から伸びたジャベリンの手が、ムリヤリ文庫本を閉じた。
「っ、何する……!」
抗議しようと振り返ろうとしたら、見下ろされる位置に、ジャベリンの顔があった。思わずドキリとした。
気付けば顔の両脇にジャベリンの手があり、逃げられなくなっていた。ジャベリンと目が合う。思わず顔を逸らした。
「ダーク様、こっち見て下さい」
「……嫌だ」
仕方ないなあとジャベリンは言った。確かにそうだろう。こんなガキみたいな。今の状況が情けない。
ジャベリンの手が、本を閉じる位置から俺の手に触れる。一瞬電気が走ったような気がした。
ジャベリンが少し笑ったようだった。
そして唐突に、言った。
「生まれてきてくれて、ありがとうございます」
あまりに突然の一言に、思わずジャベリンを振り返った。
優しげに笑うジャベリンの顔に、なんだか胸が苦しくなる。
「ジャベリン……?」
「おれは、ダーク様、あなたに会えて、良かった」
そう言うと、ジャベリンは触れていた手を握り引き上げた。必然的に俺の上体が起きる。相手の顔が間近にあった。
「だから、祝いたいんです。あなたが生まれてくれた日だから」
「っ……」
「何か贈るのは間に合いませんけど、夕食なら間に合うと思います。ハンバーグをリクエストしに行きましょうよ」
ジャベリンはニコリと笑うと、俺を立たせて手を引いた。本気で食堂まで行く気のようだ。
「お前、掃除は」
「いいんです、そんなの戻ってからやれば。今日は特別な日なんだから」
そう言ってジャベリンは笑っている。
握られた手が熱い。胸がきゅうと苦しくなるくらいに。
生まれてくれてありがとうと、会えて良かったというお前の言葉に、
不覚にも泣きそうになったなんて、絶対に言ってやるもんか。
end
誕生日は生まれてきてくれて、ありがとうと感謝する日だと素敵だよねという話。
ブラスター兄弟はクリスマスが誕生日だとよいなと思っています。
ジャベリンは6月生まれっぽい、なんとなく
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