けれども想いは届かない



この想いが実ることはないだろうということは、きっと誰よりも自分自身がよく知っていて。
苦しくて、苦しくて、それでも想わずにはいられないのは、きっともう救いようがないからなのだろう。



ソファの上で寝入ってしまったブラスター・ダークの髪に、そっと触れてみる。
少しだけかたいそれは、指で梳けば少し引っかかりながらもするりと指の間を抜けていった。

武人なのにここまで無防備なのはどうしてなのか。この場が自室であるにしたって、わたしがいるのに。


ブラスター・ダークは、端から見たら完璧な人間に見える。人間味がないとさえいう人もいる。それは彼があまりに合理的であり、ともすれば仲間さえ戦の捨て駒にしかねない雰囲気があるからかもしれない。

しかしその実、彼は言われるほど完璧ではない。人情家であり、非合理的であり、なにより彼は、人間らしかった。

作戦として仲間を見捨てる結論が出たとき、彼は毎回ほんの少しだけ表情を歪める。それに気付いた者はわたし以外にいるのだろうか。シャドウパラディンという集団の中で彼は何も言わないが、きっと誰よりもこの集団に馴染むことはないと、わたしは思っている。

そして、彼は家事全般が苦手らしい。
炊事はする必要がないにしても、自室の片付けなども彼は苦手とするらしかった。
初めてこのことを知ったとき、わたしは思わず吹き出してしまった。あのときのばつが悪そうなブラスター・ダークの顔は今でも忘れられない。
彼はどこにでもいる普通の青年なのだと、私は改めて知った。
そしてむすりとした彼に向かって、わたしは笑いをこらえながら言ったのだ。

『でしたら、私が片付けてさしあげましょうか』



それが、今わたしが彼の自室にいる理由。
まさか受け入れられるとは思っていなかったけれど、それでも嬉しかったのは本当だった。
彼のそばにいられることが、幸せであるから。

そんなことを思いながら彼の寝顔を覗いていたら、ブラスター・ダークはふいに身じろいで薄く目を開けた。

「……ジャベリン?」

まだ夢うつつなのか少しだけ眠そうな声で名を呼ばれる。

「無防備ですね。わたしがいるのに」
「お前は俺を裏切らないだろう」

彼は、ふ、と笑った。
普段、絶対に見ることができない表情。演技でなく、彼がこぼした表情は、みな純朴そうに見える。

「もしもわたしが、敵の刺客だったら、どうします?」
「だったら、すでに俺は死んでる。俺が生きているから、それはないだろう」
「……余裕なんですね」
「そうだな……」

彼はまた目を閉じた。
また眠るのだろうか。そう思ったら、彼はゆっくり口を開いた。

「……お前だったら、安心して背を任せられるからな」

眠る間際、ふと呟いたような声だった。ともすれば聞き逃してしまいそうなそれを、わたしは間近で聞いてしまった。

どういう意味なのか、初め理解が追いつかなかった。しばらくしてやっと頭が追いついたのは、彼が既に寝息を立て始めたころだった。

それはつまり、わたしを信頼しているということだろうか。
思わず顔が高揚したのが分かった。

ああこれは、喜ぶべきことなのだろうか。
彼はわたしのことを、信頼に足ると、そう思ってくれていたのか。

頭のなかがぐるぐると回る。
彼が呟いた一言が信じられなくて、たぶんしばらくは正常な思考はできそうにない。
それだけ、うれしい一言だった。

けれど、同時に悲しい一言でもあった。
それは、戦友としてであると、気付いていたから。
それ以上になることはないと、言われているようなものだから。


やはり私の想いは届くことはないのだろう。
そもそもこの想いを抱くことすら間違っているのかもしれない。

分かっているし、何度断ち切ろうと思ったかしれない。そのたびにそれが不可能であると知る。
それはきっと、もう救いようがないからなのだろう。



ああ、それでも。

私はあなたのことを、愛しています。




end


これがツクヨの精一杯の甘めな話である。

ジャベリンさんは定期的にブラダクの部屋を掃除してると信じている。


タイトルをお借りしました!
確かに恋だった



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