それを世界という



目を閉じると、まるで世界が消え失せたかのような錯覚に陥るときがある。
手を下ろせば己が直に座っている土がある。それを横に動かせば、その辺の石ころや雑草に触れられる。
失ってはいない。
世界は変わらずそこにある。
それでも、時折全てが失われたような気を起こすのは、己があまりに視覚的に世界というものを捉えているからに他ならない。
見える範囲、手の届く範囲。
それのみが、俺にとっての世界だ。

けれども、あの男は、その視覚を失っていた。
それはつまり、俺にとっては世界の大半を失うことと同義である。
そんな世界であの男は生きている。

あの男にとって、世界はどんな風に感じられ、どんな風に見えるのか。
気にはなる。が、知る由もない。




ふと、すぐ近くに気配を感じ目を開けば、鼻が触れ合うかと思うほど間近に、その男の顔があった。

「……何してる」
「いや、近寄っても反応無いから、寝てるのかなーって」
「寝込みを襲うつもりか、お前は」

まあ、似たような状況だったのは認めよう。
とりあえず、男の肩を押して離れさせた。

「アンタ、ふらりと居なくなるから。みんな探してますよ」
「そう言うお前は、よく此処が分かったな」
「アナタの行きそうな場所なんて、すぐ分かりますよ」

そう言って男は、フフ、と笑う。
この男は時折、本当に見えないのかと疑うようなことを言う。
時にはただのハッタリだということもある。
けれど、今回は?

立ち上がろうとする男の袖を、何とはなしに掴んだ。

「どうかしました?」
「……なあ」
「はい」

立ち上がりかけた膝をまた土の上に下ろして、男は俺の顔を覗く。
ほら、そんな仕草が、お前が本当に見えていないのかと疑いたくなる。

「なあ、お前は」

ああ、何を、訊きたいのか。

「お前が見たいものは、なんだ」

「アナタです」

男は迷いもせず、そう答えた。

「一度でいい。アナタの顔を見ることができたら、オレはそれで満足です」

そう言う男の左手が、土の上を探るようにしてゆっくりとこちらに向かってくるから、俺はその上に己の右手を置いた。
男がへにゃりと笑った。
俺も自然と口角が上がって、男の瞼に口付けた。






それを世界という







end

前サイトの5000hitフリーだったもの。
主要CPでどれが好きかとアンケートをとったところ、雑諸と同率一位でした。こやつら、なかなかやるのう。

これはもともと書きたかったネタだったので、すぐ書けました。分かりにくい話ではあるがな



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