消えるだけの雪
窓から空を見上げると、季節はずれの雪がふと舞い落ちていた。
ああ、どうりで寒いわけだと着物の前を合わせなおして、そっとその雪のひとつに手を伸ばした。
ふわりと、小さな氷の欠片は手のひらに降りて、確かめる間もなく溶けて消えた。
「勘ちゃん」
自分を呼ぶ声に振り向くと、雷蔵が早足でこっちにきていた。
「どうしたの、雷蔵」
「ああ、うん。三郎を見なかったかなって。さっきから探しているんだけど、見つからなくて」
雷蔵は困ったように肩を竦めながら言った。
三郎はこうして時々、ふらりと居なくなるらしい。らしい、というのは、三郎とはクラスが違うから、実際のところ、長屋と委員会くらいでしか会わないからだ。
困ったやつだなあ、と俺も肩をすくめた。
「残念だけど、俺は見てないなあ。ほんと、どこに行ったんだろうな」
困り顔の雷蔵に同意するように言ってやれば、雷蔵は、本当に、と苦笑した。
「約束しているわけじゃないんだけどね、僕が用のあるときに限って消えるんだ、三郎は」
「急ぐの?」
「んー、そんなんじゃないけど」
「だったら、もう部屋で三郎が帰るのを待ってた方がいいんじゃないか」
「そうかもしれないけど、でもね……」
雷蔵の目線が、一瞬俺以外を見たのが分かった。
ああそうか、と理解した。
これは、探さなくちゃいけないんだ。
「勘ちゃん、ありがとう。あっち、探しにいくね」
「おう、見かけたら三郎に伝えとく。探してたって」
「うん、頼むよ」
雷蔵はにこりと笑うと来た方とは別の廊下へ歩いていった。
そして、しばらくして、当の三郎が現れた。
「よう、勘右衛門。ご機嫌麗しゅう」
「よー。一応約束したから言っとく。三郎、雷蔵が探してたぞ」
「うん、知ってる」
趣味悪い、と呟くと、今更だろ、と返された。
三郎は、わざと探させていたのだ。自分を探しておろおろする雷蔵を眺めて、悦に入っているのだろう。
「雷蔵を困らせてやんなよ。好きなんだろ」
「好きだからさ。雷蔵には、いつでも私のことを考えてて欲しいんだよ」
ああ三郎のなんという趣味の悪さ。こんなやつと付き合っている雷蔵に同情する。
でも、こんなやつのことを好いている、雷蔵も趣味が悪いのだろうか。
「勘右衛門、分かっているとは思うが」
「ん?何」
「雷蔵はやらないからな」
一瞬、言われていることの意味が理解できなかった。
少しの間をあけて、ああそうかと重い至り、少しだけ笑った。
「なんだよ、三郎。俺が雷蔵を狙ってると思ってんのか」
「違うのか」
「そうだな、間違ってないけど、間違ってるというか」
「はっきりしろよ」
少しじれたふうに三郎が訊くもんだから、また俺は笑った。笑って、言った。
「だって、雷蔵は三郎しか見えてないもん。狙うとか狙わないとか、そんな次元じゃないよ」
横恋慕なんて、消えるだけの雪と同じだ。誰かの手に降りようとしたとたん、その熱に溶けてしまう。
どうせ溶けて消えるなら、いっそ、最後までその目を楽しませていた方がいいじゃないか。
「余計なことなんて、しないよ」
君が笑っているのなら、それが俺の幸せだから。
end
勘ちゃんを書いたのは多分これが初めて。
タイトルをお借りしました!
確かに恋だった
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