蟷螂が笑う部屋



「ねえ、知ってます?」

ちらりと後ろを向くと、この男は所在なげに寝転んで、天井の一点を眺めていた。
ああそう言えば、天井のどこかが人の顔のように見えるのだと、以前この男が言っていたような気がする。どうでもいいことである。
視線を目の前の文机に戻して仕事を再開する。

「ねえ、聞いてますかー」
「聞いてねえ」
「じゃあ勝手に喋りますよ」
「好きにしろ」

男は後ろでごろりと寝返りを打ったようだった。
声音が若干近くなる。

「カマキリって、愛する者を喰らうんですって」

いきなり気味の悪い話題だった。

「なんでも、交配のときに雌が雄の頭部をムシャムシャ喰っちまうそうで。その状態で種付けする雄も凄いですよねえ」

いったい、この男は何が言いたいのか。雑学を披露したいなら他を当たれ。
黙って筆を走らせていたら、零すように男が呟いた。

「オレ、それが凄く羨ましいんですよ」

ざわりと、風が木々を揺らして部屋に入り込む。

「雄も雌も。愛する者を喰らうって、すげえ羨ましい」

一等強く風が吹いて、文机の重なった紙を飛ばした。あっと思って追いかけようとしたら、いつの間にかすぐ近くにいたこの男から、背後から抱き締められる。

「しろ」
「ねえ、アナタを喰らっていいですか」

耳元で囁かれる声は甘く掠れて。
あまりに縋るようだったから思わず動きが止まった。

気が付けば、紙が散乱した床の上に、仰向けに寝かされていた。
驚くほど優しい手つきで寝かされた俺の上に跨って、男は泣きたいのか笑いたいのか、よく分からない顔をした。


「アナタを、食べたい」


絞り出すように男が言う。
阿呆かとか、人食の気でもあるのかとか、言おうと思えば何でも言えたと思う。けれどこの時の俺は、この男の胸ぐらをひっつかんで、何も言わずに口を合わせた。
びくりと、驚いたように男の体が震えた。
口を話すと、ツ、と男の口の端から血が流れた。それを舌でたどって、切れたそこを舐める。

俺が噛み切った、そこ。

多少目を見開いたこの男に、ニィ、と笑ってみせる。

「お前に俺は喰えねぇよ」

俺が喰らってやるから、とは、あえて言ってやらなかった。






蟷螂が笑う部屋







end


こんな白凄

白目が異常に女々しいのはご愛嬌

管理人の文才のなさもご愛嬌



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