黒猫に追悼





「ああ、明日、私は死ぬよ」

そう私の上司が言ったのは、もうすぐ梅雨も明ける、そんな日の夕暮れ時でした。

「へえ、死ぬんですか」
「うん、死ぬ」

上司は寝っ転がり自身で腕枕をしながら、あと半刻ほどで姿も見えなくなるだろう夕日を、開け放った襖の向こうに見ておられました。そう言えば、その日の午後は綺麗に雨が止んだと、何故だかよく覚えております。
私はと言えば、その上司の部屋でやっと乾いた洗濯物を畳んでいた最中でした。
私達以外にその部屋にいたのは、部屋の隅で巣を張っていた蜘蛛くらいでしょうか。その蜘蛛は、以前巣を張っていたのを私が壊そうとしたところを、その上司がそっとしておけと仰ったので、言葉通り放っておいた次第でありました。

ああ、何の話をしていたのでしたっけ。
そうそう、私の上司の話でした。

上司は時々、我々に対して戯れ言を仰っておいででした。それは本当に文字通り戯れに過ぎないことでありまして、どんなに真実味のあることでも、よくよく考えれば誰もが戯れ言だと分かるような言い回しでありました。
けれどもその日、私が聞いた「死ぬ」という言葉は、どうにも戯れ言のようには聞こえませんでした。
もちろん、そのようにして私を驚かそうとしたのかもしれません。次の日に上司が直々に敵地へ赴くような仕事も入ってはおりませんでしたから。
それでも私はこの上司が言っていることが真実であると、半ば確信のようなものさえあったのでした。

それならば、私は嘘でも「死なないで」や「生きて」ぐらいは、気の利いた台詞を言うべきだったのかもしれません。
けれども私は冷めたもので、そのことに対してなんの感慨も湧かなかったのでありました。

「でしたら、弔いの準備でもしておきましょうか」
「いいや、私は猫だから、皆が見ていないところで野垂れ死ぬよ」

瞬間、その上司の頭と尻に、猫の耳と尻尾が生えたのを想像して、私は思わず顔をしかめました。
上司はそんな私の顔を見て、フフ、と笑っておりました。




次の日、上司は煙のように忽然と姿を消しました。
四刻も姿が見えないとなると、皆焦りはじめましたが、私はついぞ焦ることはありませんでした。
私は棒で蜘蛛の巣を巻き取りながら、ああきっと彼の人は死んだと、そんなことを考えていたのでした。





黒猫に追悼





end


これは死ネタに入りますか



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