Days eye(赤黒)
街中に溢れ返るパステルカラーは透明なはずの辺り一面にぼんやりと色を付け、硬い空気をやわらかなものへと変えていく。幾分取り入れやすくなった酸素を肺に送り込むと、それまで鳴りを潜めていた鼓動がゆっくりと脈打つのを感じた。
心の真ん中にぽつりと灯された白の季節は、まるで絵本の中の出来事ででもあったかのように輪郭を薄めた。あの日ボクを鮮やかに染め上げた赤色も、今は薄紅。全神経を集中させるような熱さは、いつしかぬくぬくとした心地よいものへと変わっている。
しかしそれは決して消えてしまったわけではなく、一点に集中していたものが全体に染み渡っただけなのだと、ボクは気付いている。
一枚の栞を手に取る。透明のフィルムに想いごと閉じ込めた花弁も、もしかしたらあの日より少し色褪せているのかもしれない。
けれど、その理由は単純な日焼けだけではない。あの日目にした赤色があまりに鮮烈過ぎたからだ。
無音が響き渡る中、彼の冷えた指先が静かに伝えてきた赤。
贈られたその花の意味を考えないほど、ボクは彼に対して無関心ではいられなかった。
あの頃とはもう何もかも違う。
隣にいた彼は遠く、周囲の賑やかさでボクの声は届かない。
彼の想いもきっとあの時のままではないのだろう。不変だと信じていた自分の感情や願いでさえ、あの頃の形ではないのだから。
変わらないのは、想いが向かう先だけだ。
それを、あの時の彼と同じ、言葉を使わずに伝えようと決めたのは、ボクなりの精一杯の強がりと願いを込めての事だった。
「これを贈りたいのですが」
色とりどりに咲き誇る命の中、淡紅色の小さな花を選ぶ。たくさんの花弁が織り成す影は少し赤みを帯びていて、彼に染まるボクのよう。
ボクが無表情の裏に隠している照れには気付く様子のないまま、要望を聞いた花屋の店員さんは慣れた手つきで花束を作ってくれる。
「メッセージカードはどうします?」
「あ、用意してきました…これを付けてください」
「わかりました」
出掛ける前に家で用意したカードを渡す。はっきりとした言葉を使うのが何となく躊躇われ、折り畳み式のカードの内側には「あの時のお返しです」とだけ書いた。
「こんな感じで大丈夫ですか?」
包み終わった店員さんから確認を求められる。差し出された花束は女性向けのようだった。男性よりも女性の方が花を贈る相手としては一般的だろうし、ボクの年齢からしても、きっと彼女へのプレゼントだと思ったのだろう。
相手は店員さんの予想通りではないけれど、あの頃のボクたちの幼さを的確に表しているようなその可愛らしさは、寧ろ相応しいと思えた。
感謝の言葉と共に店を後にする。手には弾けるように咲くヒナギクの花束。それを支えるように添えられたカスミソウの花言葉は『切なる願い』。
数年越し。遮ってくれる屋根のない直射日光に苦しむ夏と一人凍える冬を越え、雪解けを経てやっと迎えたこの季節。
遅くなったお返しは、やっと伝える返事でもある。
この花束の意味を、彼は考えてくれるだろうか。
明日会いに行くと約束をした彼がどんな顔でこれを受け取るか。それを考えると少しの不安はある。
それでも、ボクはもう決めたから。
大丈夫。言葉にしなくてもきっと伝わる。
そう信じて、ボクは帰り路を急いだ。
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姫のお話の続き。
高校×花言葉です。
ひなぎく(乙女の無邪気、あなたと同じ気持ちです、平和、明朗、希望)
題の『Days eye(太陽の目)』は、ひなぎくの英名デイジーの名前の由来になった言葉で、晴れた日中に花が開く事からそう呼ばれるようになったのだそうです。